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「お前の願いなど聞いていない」と婚約破棄されたので、私の願いを聞きたがる騎士様を選びました

作者: 堀吉 蔵人
掲載日:2026/09/29

「お前の願いなど聞いていない」


 翌日の花市へ、何時に出かけましょうか。

 たったそれだけのことを尋ねた私に、婚約者のジュリアン様は顔をしかめた。


 初夏の園遊会だった。レイド伯爵家の庭には白い天幕が張られ、招待客たちが苺の菓子や冷たい果実水を楽しんでいる。

 私の手にも、果実水のグラスがあった。冷たいはずなのに、持っている指だけが熱かった。


「ですが、先月、お約束を」

「いつまでも子供じみたことを言うな。明日はエヴァと遠乗りをする。彼女には、僕と時間を過ごす価値が分かっているからな」


 彼の隣で、エヴァ様が口元に手を添えた。つばの広い帽子についた絹の花が揺れる。


「花を見るだけでしたら、庭師とお出かけになっては? ジュリアン様でなくても困りませんでしょう」


 近くにいた令嬢が、気まずそうに視線をそらした。

 私はグラスを握り直した。一緒に出かけたいと言ったことまで、人前で笑われるのか。


 花市は、一年に一度の王都のお祭りだ。広場に花や苗の露店が並び、その日だけの菓子も売られる。母と通っていた頃は、何を買うでもなく歩くだけで楽しかった。

 婚約してからの二年は、一度も行っていない。最初の年は、そんな暇があるなら伯爵家の親戚の名前を覚えろと言われた。次の年には、彼の狩猟旅行の支度を手伝った。

 今年ようやく頷いてもらえた。手帳の明日の欄に、花の絵を小さく描いた。


「私は、あなたと行きたかったのです」


 笑われても、それだけは伝えたかった。

 彼は困ったものだというように肩をすくめる。


「だから、そのわがままに付き合う気はないと言っている。もういい。ちょうど母も忙しくて席を外しているし、今のうちにはっきりさせておこう。ミリアム、君との婚約は破棄する」


 グラスの中で、氷が小さく鳴った。

 彼は私の顔を見ていた。今から私が取り乱すことを、少し楽しみにしているような顔だった。


「僕にふさわしい相手は、もっと物分かりのいい女性だ。父には僕から話す。君も、無理に取りすがって恥を重ねるなよ」


 周りの会話が止まった。

 エヴァ様は驚かなかった。彼の袖に手を置き、ほっと息をついた。

 いつから、そう決まっていたのだろう。少なくとも、昨日、園遊会で着るドレスの色を彼に確認していた私は知らなかった。


 淡い灰色なら、でしゃばらなくていい。

 そう言われたとおりのドレスを着て、私は立っている。


 泣きたかった。彼が欲しがった素直な婚約者になろうと、飲み込んできた言葉の数だけ、喉が痛かった。

 でも、それ以上に腹が立った。

 エヴァ様の望む遠乗りは、二人で過ごす価値のある時間。私が望む花市は、聞く必要もないわがまま。

 同じように、明日を一緒に過ごしたいと言っているだけなのに。


「……承知しました。私も、あなたとは結婚したくありません」


 口にすると、思っていたよりはっきりした声が出た。

 ジュリアン様の笑みが止まる。


「強がりはよせ。帰ってから後悔しても」

「後悔することは、もう十分しました」


 花市へ行きたかったと、去年の手帳を閉じるたびに思った。似合わないと言われてかぶるのをやめた黄色い帽子を、衣装棚を開けるたびに思い出した。

 そんなことを数えている自分が、ひどく狭量なのだと思っていた。

 けれど、私の一年に一度の楽しみを、私までつまらないものにしなくてもよかったのだ。


 私は手近な給仕台にグラスを置いた。底が台に触れ、かすかな音を立てる。

 もう、彼の返事を待つ用事はない。


 顔を上げると、回廊の柱のそばに、知っている人が立っていた。

 レオン・アルヴェ様。父の友人の息子で、王都に勤める騎士だ。今日は父親とともに招かれていたはずだった。

 目が合った瞬間、彼は一歩こちらへ動いた。けれど駆け寄って腕をつかんだり、私の代わりに怒鳴ったりはしない。ただ、私がそちらへ歩き始めるのを待ってくれた。


「ミリアム嬢」


 呼ばれただけで、張りつめていた胸が緩みそうになった。

 この人は、いつも私の話の続きを待ってくれる。

 庭の釣鐘草が咲いたと話せば、何色でしたかと聞く。今度は種から育てたいと言えば、僕にもできますかと身を乗り出す。退屈だと言われる前に話を終えようとする私へ、急がなくていいというように笑う人だった。


「私、お聞きしたいことがあります」

「はい。何でしょう」


 背後から、ジュリアン様が鼻で笑うのが聞こえた。

 花市なら、庭師でいい。さっきの言葉も耳に残っている。

 でも私は、庭師を探してここへ来たのではない。


「明日、お休みだと伺いました。一緒に、花市へ行っていただけませんか」


 レオン様が、瞬きをした。

 それからすぐには返事をせず、私を見たまま、片手で口元を覆った。


「……レオン様?」

「すみません。今、ちゃんと聞いたつもりなんですが」


 手を下ろした彼の耳が赤かった。笑いかけようとしているのに、口元がどうしても緩んでしまう。あの落ち着いた人が、少年のような顔をしていた。


「僕と、ですか」

「はい。あなたと行きたいのです」


 言い直すと、彼は深く息を吸った。


「行きます。ぜひ、ご一緒させてください。……嬉しいです。本当に」


 嬉しい、と言ってくれた。

 まだ何時に会うかも、どこから歩くかも決まっていない。なのに、私から誘われたというだけで、こんな顔をしてくれる。

 胸の奥で、何かがほどけた。

 先ほどまで恥ずかしくてたまらなかった私の願いが、彼のところへ届いた途端、大事な約束に変わった気がした。


「待てよ、ミリアム」


 ジュリアン様が近づいてきた。エヴァ様も、彼の袖に触れたままついてくる。


「僕への当てつけか。いくら何でも見苦しいぞ。アルヴェ殿も、本気にする必要はありません。彼女は拗ねているだけです」


 彼が伸ばした手から、私は自分の手を引いた。

 自分でも驚くほど、迷わなかった。


「拗ねているのではありません。お誘いしているのです」

「同じことだろう。そんなに花市に行きたいなら、明日の午後くらい空けてやる。だから、この話は終わりだ」


 エヴァ様の指が、彼の袖から離れた。


「私との遠乗りは、一日ご一緒に、とおっしゃいましたわよね」

「今は黙っていてくれ、エヴァ。ミリアムも、これで気が済んだだろう」


 さっきまで物分かりがいいと褒めていた相手に、彼は顔も向けなかった。

 私の知っている声だった。私の返事を聞く前に、もう話を終えたつもりになる声。


「いいえ。あなたとは行きません」


 ジュリアン様の眉が寄った。


「何が不満なんだ。君の希望を聞いてやると言っているのに」

「行きたい場所しか、聞いてくださらないからです」


 私はレオン様の方を向いた。

 逃げ道にするために、この人を選んではいけない。ジュリアン様を悔しがらせる道具にしてもいけない。

 だから、いちばん言うのが怖いことを、きちんと口にした。


「私、あなたと話すのが好きです。私の好きなものを、あなたにも見てほしい。一緒に歩いて、あなたが好きだと思うものも、教えてほしいのです」


 レオン様は、私だけを見ていた。

 私は両手をぎゅっと重ねた。


「明日だけでなく、その先も、お会いしたいと思っています。そういう気持ちで、お誘いしました」


 言い終えてから、膝が少し震えた。

 彼はその震えに気づいたのか、手を差し出しかけた。でも途中で止め、掌を上に向けたまま待った。

 私は、自分からそこへ手を重ねた。


「僕もです」


 彼の指が、そっと私の手を包んだ。


「あなたが笑うと、もう一度笑ってほしくなる。庭で別れた日は、次にいつ会えるかと考えてしまう。ずっと、そういう気持ちでした」


 嬉しくて、息の仕方が分からなくなった。

 けれど彼は、照れたように笑ってから、声を落ち着かせた。


「ご婚約があるうちは、お伝えしてはいけないと思っていました。今も、正式なお話は両家のお手続きが済んでからです。でも、明日あなたと歩きたいという返事まで、隠すつもりはありません」


 ジュリアン様が、ひどく険しい顔で口を挟んだ。


「勝手なことを言わないでもらおう。まだ僕の婚約者だぞ」

「先ほど、ご自分で破棄するとおっしゃいました」


 レオン様の口調は静かだった。


「ミリアム嬢も、そのお申し出を受けています。彼女が誰と明日を過ごしたいかを、あなたが取り消すことはできません」


「少し驚かせただけだ。僕は」

「驚きました。傷つきもしました」


 自分の声が震えた。それでも、私はジュリアン様を見た。


「今までの私でしたら、そういうことにして、あなたの隣へ戻ったかもしれません。でも、戻りたくありません。私の願いを聞いてくださる方と、これからの話をしたいのです」


 戻りたくない。

 口にして初めて、それが誰かへの反撃よりも、私自身の願いなのだと分かった。


「ミリアムさん」


 人垣の向こうから、レイド伯爵夫人が歩いてきた。騒ぎを聞いて、客間から戻られたのだろう。

 ジュリアン様が、救いを見つけたように母親を振り返る。


「母上、彼女が勝手に」

「何を勝手にしたのか、初めからお話しなさい。私はあなたが婚約を破棄したと聞いて戻ったのです」


 彼の口が止まった。

 夫人は近くの客にも事実を確かめ、私に向き直った。


「息子の振る舞いを、お詫びします。お父様とお母様にも、私からお話しいたします。あなたは、この婚約を終えるおつもりなのですね」


 問いかけには、答えを待つ間があった。

 私は背筋を伸ばした。


「はい。どうか、お願いいたします」


 夫人は一度、深く頷いた。

 横でジュリアン様が何かを言おうとしたが、今度は夫人が許さなかった。


「大事なお話ですから、後で私と、あなたのお父様に説明してもらいます」


 彼が黙ったあと、エヴァ様が帽子のつばを直した。


「では、私も失礼します。明日の遠乗りも、結構ですわ」

「エヴァまで、なぜ」

「ご自分の都合が変わったら、相手は黙って従うものとお考えなのね。それが分かったからです」


 彼女は私に目を向けた。何か言いかけて唇を結び、浅く礼をした。

 私は会釈を返した。今日の言葉を水に流せるほど穏やかではなかったけれど、引き留める理由もなかった。


 二人の女性の間で当然のように立っていたジュリアン様が、今は一人だった。

 彼の手が上がりかける。以前の私なら、呼ばれる前に駆け寄っただろう。

 私はレオン様の手に目を落とし、少しだけ握り返した。


     *


 伯爵夫人に暇を告げたあと、私は帰りの馬車を待つ間、回廊の長椅子に腰を下ろした。迎えを頼んだ侍女が、少し離れた場所にいる。

 レオン様は隣に座る前に、いいですか、と尋ねた。

 頷いた途端、涙が落ちた。


「申し訳ありません。嬉しいのに、まだ、少し」


 言い終える前に、清潔なハンカチを差し出された。白い麻に、彼の頭文字だけが刺繍されている。


「少しでなくてもいいですよ。さっきのことが、なかったことにはなりませんから」


 私は布を目元に押し当てた。

 婚約が終わってよかった。明日が楽しみだ。それでも、大勢の前であんなふうに扱われた私が、すぐに平気になるわけではない。

 その両方を口にしていいことが、ありがたかった。


「私と出かけるのは、本当に、ご迷惑ではありませんか」


 尋ねてしまってから、情けなくなる。

 あれだけ勇ましく言ったくせに、また確かめている。

 レオン様は困った顔をしなかった。少し考えて、自分の膝の上で手を組んだ。


「去年、僕が花の種を全部、同じ鉢に蒔いたのを覚えていますか」


 思いがけない話に、涙の残る顔を上げた。


「……あの、ひと袋全部ですか」

「ええ。袋の裏は読みました。二粒ずつと書いてあったのも。なのに、余らせるのが心配になって、結局全部入れてしまって」


 芽がぎっしり出た小さな鉢を、彼は茶会の日に持ってきた。

 私が、これは少し窮屈そうですねと言うと、本人がひどく真面目に頷いた。騎士団の食堂でも、これほど席を詰めないと。

 笑うつもりはなかったのに、堪えきれなくなった。そのあと庭師に相談して、二人で鉢を増やしたのだった。


「あなたは、僕が知らないことを馬鹿にしませんでした。一緒に土をこぼして、一緒に片づけてくれた。失敗した鉢を持ってきたのに、また何か育てようと思ったんです」


 彼は私の顔を覗き込まず、庭の方を向いて話した。


「花の話が分かるから、あなたといるのが楽しいのではありません。あなたと話しているうちに、分かることが増えるのが楽しいんです。僕の話も、あなたはちゃんと聞いてくれます」


 胸がじんわりと温かくなった。

 私も、彼の話を聞くのが好きだった。任務の自慢ではなく、新入りの騎士が緊張して左右別々の組の手袋を持ってきた話や、父親が育てた大きすぎる南瓜の話。

 格好のいいところだけを見せようとしないから、私も失敗を話せた。


「レオン様といると、次に何を言えば叱られないかと、考えなくていいのです」


 彼はそこで、こちらを向いた。


「私も、お会いした日には、また続きをお話ししたいと思っていました。花市にお誘いしたのは、ほかの方が見つからなかったからではありません」


 彼が頷くのを見て、私はもう一度伝えた。


「あなたがよかったのです」


 また彼の耳が赤くなった。

 少し前まで、誰かを喜ばせようと、正しい答えを探してばかりいた。

 今は、自分の気持ちを正直に言っただけで、この人が喜んでくれる。


「それなら、僕の願いも一つ聞いていただけますか」


 私は思わず居住まいを正した。

 何を求められるのだろう。せめて、この人の役に立てることならいい。

 そう考えた私へ、彼は言った。


「明日の約束が終わったら、次は、僕からお誘いしたいです。あなたのお好きな場所を聞いて、僕の行ってみたい場所も話して、一緒に決めたい」


 役に立つことを、何も頼まれなかった。

 また会いたいと、頼まれたのだ。


「それが、レオン様の願いなのですか」

「今、いちばん叶えていただきたい願いです」


 彼は照れ隠しのように微笑んだ。


「僕にも好きなものや、したいことはあります。あなたに全部譲って、何も望まない立派な男ではありませんよ」


 私は、ハンカチを持ったまま笑った。

 立派でなくていい。願い事をするたびに負い目を感じるのではなく、私もこの人の楽しみを知りたい。


「では、たくさん教えてください。私ばかり、お誘いするのでは寂しいですから」


 彼の顔が、今日いちばん嬉しそうに崩れた。


     *


 家へ帰って話すと、両親はひどく怒った。父はまずレイド伯爵へ連絡を取り、母は私を抱き締めた。

 もっと早く話してくれれば、と言いかけた母に、私は、私もそう思いますと頷いた。心配させたくないという気持ちもあったけれど、我慢できない娘だと思われたくなかった。

 明日はレオン様と出かけたい。それを改めて伝えると、母は目元を拭いて、楽しんでいらっしゃいと言ってくれた。


 翌日、私は淡い黄色の帽子をかぶった。

 母と選んで買ったのに、ジュリアン様に似合わないと言われて、衣装棚にしまい込んでいた帽子だ。侍女が新しいリボンを結んでくれた。

 玄関で待っていたレオン様は、挨拶をしたあと、少し眩しそうに目を細めた。


「その色、よくお似合いです」


 私は帽子のつばに触れた。


「私、この色が好きなんです」


 否定される前に言い訳を付け足さず、それだけ言えた。


 花市は、花の匂いと人の声に満ちていた。鉢を積んだ荷車の間を、私たちはゆっくりと歩いた。侍女も少し後ろで、露店の花を眺めている。

 足を止めるたびに急かされると思っていた私は、ついレオン様の顔を見た。けれど彼も立ち止まり、これは何の花ですか、と札を指す。


「欲しいものは見つかりましたか」


 青い釣鐘草の苗が並ぶ店の前で聞かれ、私は頷いた。


「この鉢を、一つ。でも、あちらの白い花も素敵で」

「ゆっくり迷ってください。僕は、こちらの青い方にしようと思います」


 彼が選んだのは、私が最初に指した鉢の隣だった。


「同じ花ですね」

「ええ。あなたの花が咲いたら、僕の方はどうかと話せますから。今度こそ、鉢を満員にしないように育てます」


 私は笑って、自分の鉢を持ち上げた。

 二つとも彼が買ってくれると言ったが、私は首を振った。


「レオン様の鉢は、私から差し上げてもいいですか。昨日のお返しに」

「では、あなたの鉢は僕から。……これでは、結局交換ですね」


 私は二つの鉢を見比べてから、彼を見上げた。


「その方が、嬉しいです」


 彼も、同じです、と笑った。

 私たちは店主に一鉢ずつ代金を渡し、包んでもらった。重たい方を当然のように取り合って、しまいには店主に、同じ鉢ですよと笑われた。


 その日の帰り道には、眠る前に思い出したいことがたくさんできていた。

 花を迷う時間も、露店の菓子を半分ずつ食べたことも。彼が花の包みを抱えて、私の歩幅に合わせてくれたことも。

 来年も来たいと話したら、彼は、来年までにほかにもたくさん出かけましょうと答えた。


 旧い婚約の解消は、ほどなく両家の書面で整った。

 ジュリアン様から届いた手紙には、花市にも行ったのだから気が済んだだろうと書いてあった。最後まで、私が何を諦め、何を選んだのか、彼には伝わらなかったらしい。

 私は復縁をお断りする返事を父に託した。それ以降、彼からの手紙を受け取ることはなかった。


 レオン様は何度も我が家を訪れた。

 互いの鉢の葉が増えた話をして、次の外出を相談する。雨の日には予定を変えて、二人で残念がって、また別の日を決めた。

 私の望みがいつでも全部叶うわけではない。でも、叶わないときにも、話したことを後悔しなくていい。それが、こんなにも心安らぐことだとは知らなかった。


 最初の青い花が咲いた日、彼は私に結婚を申し込んだ。

 両親へ挨拶をする前に、まず、あなたの気持ちを聞かせてほしいと言った。

 私は、喜んで、と答えたあと、ずっと言いたかったことを付け足した。


「私も、あなたを幸せにしたいです」


 彼は返事の代わりに、私の手を取って額を寄せた。肩が少し震えていて、しばらくしてから、もうしてもらっていますと囁いた。


 次の年の初夏、二つの鉢は、同じ家の窓辺に並んでいた。

 朝食の席でレオンが、明日は何時に出ましょうかと尋ねる。花市のことなら、昨夜から何度も話しているのに。


「朝いちばんに行きたいわ。あなたは?」

「僕もです。花を買ったら、いったん馬車へ置いてきましょう。去年は包みを抱えたまま、菓子を食べるのに苦労しましたから」


 それでは、お菓子の前にお茶を飲む場所も決めましょう。

 私がそう言うと、彼は楽しそうに頷いた。

 明日の話をしているだけで、こんなに嬉しい。

 私は手帳を開き、花の絵の隣に、二人の出発時刻を書き込んだ。

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