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黒い糸

作者: 和泉結菜
掲載日:2010/06/16



好きになってはいけない人を好きになってしまった。


彼や私に婚約者がいるわけでも、ましてや結婚しているわけでもない。

身分が違うとか、つりあわないとかそういう問題があるわけでもない。

それでも、あの人は好きになってはいけない人。

私の命を、削る人。




運命の赤い糸。2人を幸せに導くはずの糸。

でも、私の小指に結ばれた、私にしか見えないこの糸だけ、黒ずんだ紫色。

……あの人を想う気持ちが強くなればなるほど黒ずむ糸。

それは、前世の私が犯した罪の報い。

どんなことをしたのか、はっきりとは覚えてはいない。

覚えているのは、たくさんの赤い糸を切って、たくさんの赤い糸を結んだこと。


理不尽だと思った。

前世の私が犯した罪を、どうして私が償わなければいけないんだ、と。

だから、半ば意地になっていたのだと思う。

すぐにこの赤い糸を切ってしまえば、こんなにも苦しまなかったのに。

私は、この赤い糸を切ろうとしなかった。

……それが間違いだった。


寝ぐせじゃないと言い張るちょっと跳ねた髪とか。

ごつごつとした大きな手とか。

拗ねたときの唇とか。

照れて真っ赤になった耳とか。

たまに見せる笑顔とか。

会えば会うほど、話せば話すほど、関われば関わるほど、知らなかったことを知って。

その度に、彼を好きになって……苦しくなった。


鮮やかな赤色だった糸がだんだんと紫色に変わり、黒色に近付いていく。

その変化と同じように私の体調も悪くなっていく。

もちろん、病院へ行っても原因はわからない。


耳元で「今なら間に合うよ」と誰かに囁かれる。

「糸を切りなよ。楽になるよ」

その度に私は1人呟くのだ。

「そうだね、きっと楽になるね。……身体は」



運命の赤い糸を切ることは、その人との永別を意味している。

会おうとしても、絶対に会えない。……避けているわけでもないのに、絶対に会えなくなるのだ。

そんなことできない。……できるわけがない。

あの人に会えないまま生き続けるなんて、そんなことしたくない。

だから、私はこの糸を切らない。……一生。



真っ白の病室で、ぼんやりと天井を見る。

小指を見ると、すっかり黒くなってしまった糸が見えた。


ああ、もうそろそろ時間か。


周りが騒がしい。でも、その中にあの人の声はない。

最期にあの人に会いたい。……でも、無理なんだろうな。

目の前が小指に結ばれた糸と同じ色に染まった。

私は最後の力を振り絞って小指に結ばれた黒い糸にキスをする。


「……大好き」


今までも。……これからも。



 ◆ ◆ ◆




目を開けると、ぼやけた視界の向こう側に彼がいた。

目を擦って彼を見ると、何やら心配そうな顔をしている。


「大丈夫か?」

「……なにが?」


意味がわからず首を傾げると、大きな手が私の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「なんか、魘されてるみたいだったから」

「そうなの?」

「ああ」


夢の内容なんて全然覚えていない。

……まあ、夢ってそういうものだからしょうがないか。

でも、なんとなく寂しくなって彼に抱きつく。


「ねえ、ギュってして?」

「……ん」


彼は短い返事の後に、ギュって抱きしめてくれた。

幸せなのに、どうしてだろう。無性に泣きたくなる。

よくわからない感情に戸惑う。

そうしたら、彼は黙って私の頭を撫でてくれた。


「……ごめんな」


どうして、謝るのだろう?何を、謝っているのだろう?

私にはわからない。



彼と、彼と私を結ぶ黒い糸だけがそれを知っていた。




こうで、ああで、そうで…とかいろいろ説明するよりも、シンプルに書きたいところだけを書きました。…案の定、不思議な終わり方に。


いろいろな解釈ができる話を書きたかったのに…失敗した。

でも、短編の練習にはなった…ような気がする。

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― 新着の感想 ―
[一言] 凄く暗い恋愛話でしたね...でも、読んでいて心に残るお話でした。 ありがとうございました!!
[一言] 黒い糸、の響きが良かったです。 「ねえ、ギュってして?」 もうこれって、凄くキュートなわがままですよね! 凄く可愛くて、どこか寂しさを漂わせつつも素敵さがある、心和む作品でした!
[良い点] 主人公の心描写の細かさ [気になる点] 最後のところがよく分からなかったです [一言] 恋愛での苦しさがとてもよく伝わってきました。切ないってこんな感じだな、と。 僕は最近投稿を始めまし…
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