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第32話 不穏の予感


翌朝、ノースフィアの空は晴れ、町はゆっくりと目覚める。

静かな日常の音がどこか遠くから届く。


けれど、その静けさの奥では、誰にも気づかれぬ影が、じわじわと広がっていた。



警備隊の出勤時刻よりもずっと早い朝の時間。

詰所の一室で、カイは静かに机に向かっていた。


机の上には、森で回収した探査機の残骸と、それを分解して得た内部構造のメモが広げられている。


何時間もかけて調べ続けたが、答えは簡単には出ない。


「……どこの技術だ、これは」


小さく呟いた声は、部屋の空気に吸い込まれていく。



軍の正式な型式ではない。

だが、どこか軍規格の設計思想に酷似している部分がある。


それが、逆に不気味だった。





朝の空気を吸おうと外へ出ると、ひんやりとした風が頬を撫で、森の奥から鳥の声が微かに届く。



そんな穏やかな朝の中で、ふと、違和感のある微かな機械音が耳に入ってきた。

それは、耳を澄ませてやっと聞こえるほど、微かな音だった。


カイはすぐに双眼鏡を手に取る。


しかし、右も、左も異常はない。

それでも、胸の違和感が消えない。



目を凝らして空を見つめていると、

森の奥の上空、薄雲の切れ間で、わずかな反射光が揺れた。


そのほんの一瞬を、カイの眼は鋭く捉えた。



豆粒ほどの人工物。



紛れもなく、別の探査機だった。

新たな探査機が、静かに、そして確実にノースフィアの空を漂っていたのだ。



まるで町全体を監視するかのように。



──狙いはこの町か? いや、きっとあの子を中心に捉えている。



カイの眉がわずかに動いた。



「くそっ……前のだけじゃなかったか」



──単に彼女を探しているだけなら、もう目的は果たしたはず。

だとすれば、命を狙っている? 

……いや、探査機に攻撃機能はなかったはずだ……

一体何が狙いなんだ──




カイは森の方角をぎろりと睨みつけた。



すると、同じ方角から石畳を走ってくるイファの姿が遠くに見えた。

双眼鏡をポケットへしまい、代わりにタバコを取り出して火をつけた。


「カイさん、おはようございます」


「あぁ、イファ。おはよう」


いつもの爽やかな笑顔が浮かぶ。

その顔を見たイファは、少しだけ肩の力を抜いた。



「あの、ちょっと報告があって。リアのことで」


「……ああ。聞こうか」


カイの表情がわずかに引き締まる。

イファは息を整え、落ち着いた声で話し始めた。



「昨夜、リアと話しました。リアは……ノアレの出身だったそうです。本人の記憶はまだ戻っていないみたいですが、昨日セリオがリアに接触したようで、その時にセリオからそう聞かされたと」



カイの目がわずかに細められた。


だが、口を挟まず、静かに続きを促す。



「昨日は、ルクシミウムのこと……ノアレの事故、親父のこと……母さんと一緒に、少しずつ、話しました」


「……そうか」


「リアは、迷ってます。でも、知りたいって。自分が何者なのか、何があったのか、ちゃんと知りたいって……」



イファの目は真っ直ぐだった。


でも、その声は小さく震えていた。

彼自身もまだ、父の過去と、自分の想いに向き合いきれていない。



「……わかった」


カイは短くそう返すとふと視線を遠くに向け、しばらく沈黙した。





詰所に戻ると、カイは椅子に深く腰を下ろし、窓の向こうの空を一度見上げた。


表情は何も変わらない。

だがその内側では、すでに幾つもの可能性を慎重に巡らせていた。



イファは、カイの沈黙に少し戸惑いながらも、覚悟を滲ませて言葉を継いだ。


「カイさん……もし、この先何か動きがあったら、俺にも教えてください。……俺、リアのこと、守りたいんです」


カイは、その真っ直ぐな瞳をゆっくりと見返した。

そして、わずかに口角を上げる。



「……わかってるさ。お前の想いはちゃんと届いてる。必要な時は、必ず声をかけるから心配すんな」


「頼りにしてるぜ」と背中を叩くカイはいつも通りだった。

イファは静かに頭を下げ、「じゃあ、巡回行ってきます」と言い、詰所を後にした。


扉が閉まったあと、カイはゆっくりと息を吐いた。





──高エネルギー物質として期待されていたルクシミウム。

一方で、爆発物として世に知れ渡った。


その研究の第一人者だったのが、サンティス博士だ。

彼は国家や軍と協力し、ルクシミウムを兵器として利用する道を歩んでいた……。


そう思われていた。


そして、あの日。


ノアレで起きた事故は、町ごと消し去るほどのものだった。


記録上、生存者はゼロ。

なのに、なぜ彼女が生きている?


レオ少佐の記録には、あの子が「希望になるかもしれない」と残されていた。

もしリアちゃんのことなら、それは何を意味する?



何かが、足りない。



本当にサンティスは爆弾を作っていたのか? 

あるいは……ルクシミウムのまったく別の可能性を信じていた? 


それとも、セリオの嘘か? 



もし、リアの存在そのものが、軍にとって隠したい何かであるのなら──




カイは小さく息を吐くと、ゆっくりと天井を仰いだ。



両手を頭の後ろで組み、そのまま椅子にもたれかかる。



──まだ全貌は見えてこない。

だが、かすかに真実の輪郭は、浮かび始めている。



焦るな。


見誤るな。


必ず辿り着けるはずだ。




リアも、イファも、そしてこの街も。

守り抜くと、決めたのだから──



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