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第27話 微笑みの訪問者


その数日後、町外れの坂道をリアは、イファとカイと並んで歩いていた。

朝から続いた曇り空は少しずつ薄くなり、時おり雲間から光がこぼれてくる。


あの日以来、家に閉じこもっていたリアは、久しぶりに外の空気を吸った。



「……少しだけ、空気が冷たくなった気がします」



リアがぽつりと呟いた。

イファは横で小さく微笑む。


「そうだね。もうすぐ秋だ。そしたらまた一緒に森に行こう。紅葉が綺麗なんだよ」


ふわりと微笑むリアの表情は、ほんのわずかに柔らいで見えた。



その時だった。



「──ようやく、見つけた」



声が背後から静かに響いた。

振り返ると、そこに立っていたのは、カイより少し年上に見える一人の男だった。


艶のある白銀の髪にヘーゼルの瞳。

整った端正な顔立ち。


背筋を伸ばし、まるでこの場に最初からいたかのように自然に佇んでいる。



「リア……ずいぶん探したんだよ。無事でいてくれて、本当に良かった」



穏やかで優しい声。



その声を聞くだけでリアは胸が苦しくなった。

イファは彼女の前に一歩出て問いかける。



「……誰、ですか?」



カイもわずかに身構えた。



「おっと、失礼を。嬉しくてつい、自己紹介が遅れてしまったね」


男は、柔らかく微笑んだまま、手を胸に添えた。


「私は長年、サンティス博士とともに研究をしていた。セリオ・ヴァイスという」



その名を聞いた瞬間、リアの胸の奥に、ふわりと波紋が広がる。

だが、カイの眉は、わずかに動いた。



「……あの、サンティス博士か?」


「ええ。もう随分前になるが……サンティス博士は、全てをかけて、君の命を救った」


セリオは静かに続ける。


「リア、君は博士のこと……そして、私のこと、記憶にないかな?」


リアは困惑したように首を横に振る。


「……わかりません……」


「そうだろうな。無理もない。色々なことがあったからね……君がここに辿り着くまでに」


「ここに辿り着くって……リアがどうしてここにいるのか知っているんですか?」


セリオは、リアの方へ視線を向け、心配そうに言葉を重ねる。


「……私は、この子の過去を全て知っている。本人が知らない、忘れてしまった過去をね」


唇の端で笑う男の姿を見て、カイは目を細めた。

その様子を見てセリオは、大袈裟に両手を上げる



「安心してくれ、君たちに危害を加えるつもりはないんだ。ただ……リアの身が心配でね。この子は特別なんだ」



リアを見て微笑んだその男は、ゆっくりと続けた。



「君たちの方こそ、記憶がない彼女をそばに置いておくなんて不安じゃないのかい? 過去にこの子が何を見てきたのかも知らずに」


低く、静かな声が、わずかに空気を冷やした。



カイが答える。



「今の発言……脅しか?」



セリオはふっと笑い、言葉を続ける。



「いや、とんでもない。ただ、現実の厳しさを伝えているだけさ。リアは本来、こんな場所にいていい存在じゃない。その特別さゆえに、彼女を追う者たちも動き始めている。……君たちの知らないところでね」



イファは胸がざわめくのを抑えようと、息を大きく吐いた。


セリオはさらに一歩、距離を詰める。

その所作は優雅で、美しい。

だが、どこか底知れぬ圧が漂っていた



「リア……。私なら君を守れる。君の力になりたいんだ。ただそれだけだよ」


リアの揺れる瞳の奥で、一瞬青白い光が走った。

それを見て、セリオはニヤリと笑う。



「……それでは、今日はこれで失礼しよう」



男は、穏やかに一礼をすると、踵を返す。


「また近いうちに訪ねるよ」



その背中は、霧のように静かに町外れの森の奥へと消えていった。



その場に残された空気が、重く揺れていた。

カイが低く呟く。


「……セリオ・ヴァイス」


その名が、頭の中でこだまする。

リアの手は微かに震えていた。

イファはその手に自分の手を重ね、強く、握りしめた。



「リア……」


イファの心配そうな顔に、リアは微笑んで言った。


「大丈夫。でも、何も覚えていないの……本当に自分のことなのかもわからない」


イファは手を握ったまま、何も言わなかった。

深緑の瞳がわずかに揺れ、リアをじっと見つめる。


彼の優しさが痛いほどに胸に刺さり、リアは視線を合わせることができなかった。

宙を泳ぐように逸らした目の奥で、言葉にならない不安と戸惑いが渦巻いていく。



吹き抜ける風はひやりと3人の頬をかすめていった。

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