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第22話 影の気配


雨の匂いが、ノースフィアの町にしっとりと染み込んでいた。

石畳の上を、警備隊の靴がゆっくりと音を立てて歩いていく。


カイ・ロウェルは詰所に入る前に、濡れた肩を軽く払った。


手には、森で拾った、あの探査機があった。



「カイさん、おはようございます。報告したいことがあって……」


扉が開く音とともに振り返ったイファの視線は、カイの手元へと移った。


「……なんですか、それ……」


カイは無言で、手にしていた探査機を机に置く。

雨で濡れたその金属の表面は、鋭く光を反射した。


「森の西のはずれで拾った。もう今は壊れているがな。例の動物の異変の件で、少し森の奥まで足を踏み入れたんだ。そしたら──こいつが落ちていた」


「森に……これが?」


イファは眉をひそめ、無骨な金属塊を覗き込む。

カイは椅子に腰を下ろし、慎重に話し始める。


「どう見ても、軍の正式装備じゃない。けど、コードがついていた。識別用だろうな。擦れていて読みにくかったが……ここに“コード・ルクス”って文字があったんだ」


「コード……ルクス……?」


イファは目を細め、顎に手を添える。


「なんか、聞いたことがあるような……」


「そして、探査機の記録には──火の中から現れるリアちゃんの姿が、はっきりと映っていた。燃え盛る炎の奥で、青白い光が脈打っていた。あれは──偶然ではない」


イファの目が泳ぐ。

一瞬にして、昨日の火事の記憶が鮮明に蘇った。



──揺れる炎。渦巻く黒煙。



そして、燃え盛るあの倉庫の奥から走り出てきたリア。

彼女はたしかに青白く光っていた。





「……まさか」



イファはぽろりと呟いた。カイの視線が鋭く向く。



「……言ってみろ」


「……昨日、町の倉庫で火事があって。そのとき、リアが……その、青白く光ったんです。ほんの一瞬でしたけど。胸のあたりが、ぼんやりと……まるで……」


続く言葉が出ないイファを見て、カイが言葉を落とす。


「まるで、“ルクシミウム”だと?」


声が低く響いた。



イファはそっと顔を上げる。


「……ルクシミウム……」




カイは立ち上がり、詰所の窓を閉めた。

雨の音が遠ざかり、空気が、しんと静まり返る。




「お前は、たしか、アルメリア出身だったよな?」



イファの心臓が跳ねる。



「はい……。」


「……なら、ノアレで起きた、ルクシミウムの事故のことは、知っているな?」


「……もちろんです。故郷に戻れなくなったのも、母の目が不自由になったのも……全部……」


イファはぐっと唇を噛む。


「そうか……」


「当時の記録を、軍にいた父が残しているはずです」


ふぅ、とため息をついたカイは、「一応、色々調べておく必要があるかもな……」と小さくこぼした。




うるさいほどの沈黙が襲う。



「……カイさん、リアのこと、疑っているんですか?」


カイは唇を歪めた。

真剣な眼差しがイファを刺す。


「可能性はゼロじゃない。ただ……」


その目は、確信に似た色を帯びていた。


「誰かがリアちゃんを追っている。その誰かは、ルクシミウムに絡んでいる。俺は、その可能性の方が高いと踏んでいる。あの悲劇の事故が再び起きないように、最善を尽くしたい。この街も、リアちゃんも」


カイは目を伏せ、また沈黙が部屋を包む。

その静けさを破るように、イファがぽつりと口を開いた。




「……カイ隊長。リアに、伝えた方がいいでしょうか?」



雨が屋根を叩く音が耳にさわる。

規則的な雨音が、部屋の中に重たく響いていた。



「リア自身に、これを……ルクシミウムのことを。彼女の身に何か危険が迫っているのなら、何も知らないままでいる方が危ないと思います」


イファの声には、迷いと焦りが滲んでいた。

カイは腕を組み、しばらく考え込むように視線を落とした。


「……そうだな。だが、懸念点もある。リアちゃんはまだ記憶が戻っていない」


「……はい」


「リアちゃんのことはもちろんだが、俺たちはこの街の全員のことを考えなくてはいけないからな。慎重に動く必要がある」


イファは拳をぎゅっと握りしめた。


「……でも、リアが、何も知らないまま、何かに巻き込まれていくことが俺は嫌なんです。やっと少しずつ変わり始めているのに……! 少しでも前に進めるように、支えてあげたいんです」


その言葉に、カイの瞳がわずかに揺れる。


イファは強く言葉を重ねる。




「守ります。リアも、この街も、絶対に」




少しの沈黙の後、カイはふっと息を吐いた。


「──わかった」



そして、机の上の探査機を一瞥し、ゆっくりとイファに向き直った。



「だが、慎重にな。まだ全部を話すのは早い。明日、一度リアちゃんをここに連れてこい」


「はい」


「リアちゃんの負担にならない程度に、今わかっていることを共有する。できるだけ柔らかく、だ。俺も同席する」



イファは深く頷いた。

カイはわずかに口角を上げ、頼もしげにイファの肩を叩いた。



「よし! リアちゃんに話すのと同時に、情報収集も進めよう。お前の親父さんが残した記録、マリナさんの話も参考になるかもしれん。それからジュード先生にも声をかけてみよう。あの人なら、ルクシミウムに詳しい可能性がある」



「はい!」



イファのその瞳の奥には、確かな決意が宿っていた。



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