表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

第18話 夜にほどける光


水祈の星灯も無事に終わって、数日がたった。

浮き足立っていた町の雰囲気も、いつもの日常に戻っていく。



リアはマリナと一緒に、町の診療所を訪れていた。

予約の時間より少し早めについたふたりは、ツンッとした独特の香りのする待合室で待っていた。


「マリナさーん! マリナ・エルネスさーん!」


名前を呼ばれ、白く塗られた木の扉を開ける。

出迎えたのは、深いグレーの瞳に銀縁の眼鏡をかけた男性で、物静かな笑みを湛えていた。


「こんにちは。マリナさん。おや、お隣の女性は?」


柔らかく落ち着いた声が響く。


「はじめまして。リア、と言います。数ヶ月前から、マリナさんのおうちでお世話になっています。」


「はじめまして。この診療所の医師をしている、ジュード・セイランです。よろしくお願いしますね」


あたたかみのある笑顔に、リアの緊張が少しずつほぐれていくのがわかった。


「リアさんが付き添ってくれるなんて、マリナさんは心強いでしょう」


「えぇ、ほんとにね。この子が一緒だと、なにをするのも安心なのよ」


マリナがそう言って笑う。

リアは、なんだか少しくすぐったくなり、そっと唇をかむ。


ジュードはカルテを確認しながら、ゆっくりと診察を始めた。

聴診器をあて、体の状態を丁寧に確かめていく。


「最近、寝つきや体調はどうですか?」


「ええ、以前よりずっと落ち着いているわ」


「それはよかった」


微笑んだジュードは、マリナの状態をカルテにしっかりと記載している。

そして、記録をまとめながら、ゆっくりと、口を開いた。


「以前にもお話ししましたが、マリナさんみたいに、ルクシミウムの後遺症を持つ人のデータはまだあまりないもので……なかなか、症状の回復や安定した管理が難しいかもしれません」



──っ!



胸を鷲掴みにされたようだった。

それは、うまく息ができないほどの痛みだった。


リアの指先が、震えた。



ジュードはカルテに視線を落としたまま、穏やかな声で続ける。


「まぁ、いまのところ睡眠や食事もしっかりとれているようですし、このまま定期検診を続けていきましょう」


「はい、先生。いつも、ありがとうございます。また、よろしくお願いします」



答えるマリナの隣で、動けずにいるリア。

冷たいものが首筋を伝う。


カルテに記入を終えたジュードは、顔を挙げ、リアの様子に気がついた。


「リアさん? どうしました? 大丈夫ですか?」


「……いえ、なんでも……。大丈夫です。」


リアは胸の内で、その言葉を何度も繰り返していた。




──ルクシミウム。




知らないはずの言葉なのに、なぜか、ざわつく。

視界の端がぐらりと揺れた気がした。



ジュードは、そんなリアの様子に静かに視線を送る。


「また、何か不安があれば、いつでもいらしてくださいね。リアさんも、ね?」


リアは乱れた呼吸を隠すように、小さく頭を下げた。


「……はい。」


リアの瑠璃色の瞳の奥で、微かに青白い光が揺れた。






診察室を出ると、マリナがリアに声をかけた。



「リア、大丈夫? ……どうかしたの?」


「……いえ、大丈夫です。」


リアは微笑みながら首を振ったが、手はまだわずかに震えていた。


「そう……よかったら、少し寄り道でもしていきましょうか? 帰りに、甘いものでも」


マリナのやさしい提案に、リアは小さくうなずいた。






二人は商店街を歩き、小さなパン屋に立ち寄る。


「いらっしゃいませ〜!」


明るい声と共に、ふわふわの金髪が揺れる。


「わ! リアちゃん! マリナさんも、こんにちは!」


リゼットは、人懐っこい笑顔でリアに近づいてくる。

その笑顔を見て、リアの胸のざわつきが少しおさまった。


「ねぇねぇ〜私の水の巫女、どうだった?」


「とても、綺麗でした。衣装も、リゼットさんに似合っていて、素敵でした」


「きゃーっ! うれしい〜! 練習、結構大変だったの!」


ふふふっと笑うリゼット。


マリナも嬉しそうに微笑むと、

「水の巫女さん、オルレアンを三つ、お願いできるかしら? リア、これお金。わたしは外で待っているから受け取ってきてくれる?」と言って、店を出た。


リゼットは鼻歌混じりに並べられたオルレアンを丁寧に包む。


「そういえばさ! ミナから聞いたんだけど、リアちゃんと約束したからって言って、今年はちゃんと手紙渡せたんだって! すごいよね〜!」


羨ましい、とオーバーなリアクションをとるリゼット。


「……約束のこと、知っているんですか?」


「うん! ミナが嬉しそうに話してたよ〜! リアちゃんもイファに渡したんでしょ? どうだった? 告白、成功した?」


「……?」


きょとん、と首を傾げるリアを見て、リゼットは目を見開き、口に手を当てた。


「え! もしかして知らなかったの? あの星灯籠で渡す手紙、最近“告白の手紙”って話題なんだよ〜! みんな好きな人に気持ちを伝えるの!」


──告白の、手紙?


リゼットは、顎に手を当てて口元を結ぶ。

うーん…と唸って、ため息混じりに言った。


「リアちゃんがそんなつもりなくても、イファはリアちゃんから告白されるって期待したんじゃないかな〜。もしかしたら、ちょっとがっかりしたかも!」


リアの胸の奥が、ひやりと冷えた。


──わたし、イファを……がっかりさせてしまった?


俯くリアを見て、しまった、という顔をするリゼット。


「わぁ〜っ! ごめん、ごめん! 違うの! きっと大丈夫だよ!イファにちゃんと素直な気持ち、伝えてみたら? ね?」


リアは、こくりと小さく、小さく頷く。


「ありがとう〜! また来てね!」

というリゼットの声を背に、リアは重い足取りで帰路についた。





その夜、リアは寝る前にイファの部屋を訪ねた。

戸惑いながらもドアをたたく。



「はーい!」


ガチャッとドアを開けるイファは、いつもと変わらない笑顔だった。


「あれ、リアが俺の部屋、ノックするなんて珍しいね。どうした?」


穏やかな笑顔は、リアを優しく、ほどいてくれる。


「手紙……私、手紙の意味、知らなくて。……イファを、がっかり……させたみたい、で……ごめんなさい。」


イファはすぐに首を振った。


「違うよ、リア」


考え込むように黙りこんだイファは、頭をぼりぼりとかき、小さく呼吸を整えた。

そして、ゆっくりとリアの前にしゃがんで優しく言った。


「たしかに、びっくりしたよ。でもね、あの手紙、すごくリアらしかった。気持ちがこもっててさ」


リアは、イファを見つめる。


「俺、リアの気持ち、ちゃんと受け取った。ありがとう。あれは、俺にとって大切なものなんだ」


イファの言葉に、リアはほっとした。


深緑と瑠璃の目線が合う。

リアの瞳は微かに揺らぐ。

静かに残る、胸の痛み。


リアには、まだその正体がわからない。

立ちすくんで、再び俯くリアを見て、イファはふわりと笑う。


「……もし、リアがまだなにか、ひっかかってるなら、直接聞いてみたら? 誰かの気持ちは、聞かないとわからないから。俺が、がっかりしてなかったみたいに……。な?」


リアは、ゆっくりと顔をあげた。


「……ありがとう、イファ」


イファは、にかっと笑う。


「手紙、うれしかったよ」


嬉しそうに。

幸せそうに。


「じゃ、もう寝な? また、明日」


リアはこくんとうなずき、ドアを閉めた。





イファは、大きく息をついて、自分の部屋のベッドの上で、再び白い封筒を開く。



月明かりに照らされながら、そっと読み返す。








イファへ


この町に来てから、わたしはたくさんのことを知りました。

風の匂い、パンの味、笑ったときに目が細くなるあなたの顔。

そして、「ありがとう」の気持ち。


最初は、なにも分からなかった。

笑うことも、悲しむことも。

生きていくことさえ。


でも、あなたといると、少しずつ、わたしの中に光が灯っていくのがわかりました。


わたしが話さなくても、うまくできなくても、そばにいてくれた。

何もできないわたしに、「できること」を教えてくれた。


あなたのことを考えると、胸の奥が少し温かくなる。

でも、この気持ちが何かは、まだうまく言えません。


ただ、わかるのは、あなたに出会えて、ほんとうによかったって思ってること。

そう思える気持ちは、わたしの中に、ちゃんとあります。


だから──ありがとう。

どうか、あなたにこの手紙が届きますように。


リア





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ