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第12話 秘密の約束




「──来週だよ、水祈の星灯」




制服のベルトを締めながら、話すイファはどこか忙しない。

ゆっくりコーヒーを飲む時間もないようで、朝食時に少し飲んだそれは、すでに冷めていた。


そんなイファを横目に、リアは首を傾げた。


「すいきの……せいとう?」


「ああ。町で一番大きな祭り。水の精霊に感謝して、星灯籠を流す祭りなんだ。きれいだよ」


イファはそう言って笑ったが、顔に少し疲れが見えた。


「だからさ、この時期は、いつもに増して警備隊は準備で忙しいんだ。舞台の設営やら、設備の点検やら、町の見回りもいつもより強化されて……祭り関係の手続きに困ってる人も毎年いてさぁ……」


靴を履き終えたイファは、「よし……」小さく息を吐き、立ち上がる。

そしてリアの方へ振り返ってニカっと笑った


「リアは初めてだもんな。きっと、すごく気にいるよ」


息子の疲れを声で感じ取ったのか、マリナがそっとイファに声をかける。


「忙しそうね、イファ。あまり無理しすぎないようにね。気をつけていってらっしゃい」


「うん。行ってくるよ」




イファが家を出ていくと、マリナはふう、と小さくため息を漏らした。


「……あの子、人のことになると頑張りすぎちゃうところがあるのよ」


頬に手を添えて言葉を落としたマリナは、微笑んで続けた。


「心配しすぎかしら? だめね……親っていつまでたっても子供のことが心配なの……」


リアは、わずかに首を傾げる。

マリナの気持ちを理解したかった。

何か、声をかけてあげたいと思った。


しかし、リアの口は動くことがないまま、マリナが手をポンと叩いた。



「……さて。わたしはちょっとやることがあるの。申し訳ないのだけれど、リア、少し家を空けてくれるかしら?」







リアは再び、図書館に来ていた。古い記録を見つめている。



「── 水祈の星灯……」



本のページには、夜の川に浮かぶ無数の灯籠の絵が記されていた。



──星降る道を渡って、水は空へと還り、いつの日かまた土へ。空と大地がひとつになる夜──



「……きれい」


そのとき、机の上にどさりと本を置く音がした。

リアの隣にひとりの少女が腰を下ろす。


「あら、また来ていたの? よく会うわね」


一瞬、町で流れている噂がリアの脳裏をよぎる。

背筋がピンっと伸び、目が泳いだ。


その姿をミナが覗き込む。

リアは、少し考え込んだあと、まっすぐに言った。


「ありがとうについて、少しだけ、わかったんです。」


「へぇ、進歩じゃない」


ミナは少し目を細めて笑うと、ふいにリアが読んでいた本に目を落とした。


「今度は、水祈の星灯について知りたいの?」


ミナは、隣の椅子に深く腰を下ろし、「わたしの出番ね」と口にすると、一気に話し始めた。


「昔、この町は大干ばつに襲われた年があったの。その時、人々は雨を乞い、祈りを込めて川に灯籠を流したのが、このお祭りの始まりだって言われてるわ。

でも、ただの雨乞いじゃないのよ。水が天に還り、また地に降りてきて……それが巡って、命を潤す」



リアは、静かに耳を傾けていた。


「世界が、ちゃんと循環するようにって。

祈りの儀式として、川に“星灯籠”を流すの。その灯篭を水に浮かべることで、空と地上をつなぐ“星降る道”を作る。

ロマンチックでしょ?」


自慢げに笑うミナは、目の奥をキラキラさせていた。


「……星灯籠……。お祭りは、この絵のように綺麗ですか?」


「当然よ。絵よりも、もっと綺麗だわ。町も幻想的になるの。星を模した飾りが町中に飾られて、舞台もできるのよ。神事の舞があって、特別な衣装をまとった水の巫女が踊るわ。町の人たちはみんな、白や青の伝統衣装を着るの」


文学や歴史のことをよく学んでいるミナは、いつもより早口で話してくれた。


「灯籠を流したあとはね、湖の上に花火が上がるの。……水面に映って、光が空から降ってきたみたいに見えるのよ」


想像の世界に入り込み、うっとりとしていたミナは、ふっとリアの方へ視線を戻す。


「まぁ、今は雨乞いではなく、水の精霊に感謝するお祭りとして残っているわ。だから、感謝とか、祈りの象徴で、“誰かのために願う夜”って言われてるの」


「誰かのため……」


リアはその言葉を、胸の奥で繰り返すように呟いた。


「最近はね…大切な人に、手紙を書くのが流行っているのよ」


「手紙、ですか。」


「まぁ、感謝や祈りのまつりだからね!」


そう言って、ミナは視線を落とし、小さく息をついた。


「私ね、去年……一緒に星灯籠を流した幼なじみがいて……。そのひとに、私……手紙を書いたの。でも……渡せなかった」


「……どうしてですか?」


「自分でも、よくわからないわ。

でも……壊したくないと思ったの。今の関係を。言葉ってすごい力を持っているから……伝えてしまったら、何かが変わるかもしれないでしょう? それが、ちょっと、怖かったのよ」


リアはじっとミナを見つめた。


「でも……ずっと後悔してて……。今年こそは、渡そうかなって」


ミナは、リアのほうを見て、小さく笑う。

そして、ゆっくりと瞬きをすると、その瞳には火が灯ったような輝きが宿った。

唇を噛んでニヤリと笑う。


「ねぇ! リアも書いてみてよ!」


リアは目をぱちぱちさせた。


「あなた、イファやマリナさんのお家でお世話になっているんでしょう? 町で噂になってるんだから」


「当然、わたしだって知ってるのよ」と笑うミナに、リアは言葉に詰まってしまった。




「……イファのこと、大切に思ってるんじゃないの?」


「……はい。とても、大切、だと思います。」


ふふっと笑うミナは、まるで、いたずらを企む小さな女の子のようだった。


「それなら決まりね! わたしも、彼に手紙を書くから、リアもイファに書いて!」


リアは少し戸惑いながらも、しっかりと頷いた。


「……わたしも、書いてみます。」


「じゃあ、約束ね! 二人だけの、秘密だからね!」


ミナはウインクをして、そっと、リアに小指を差し出す。


「……?」


「もう!」


ミナが無理やり、リアの小指に自分の小指を絡めた。


胸のあたりがくすぐったくて、リアは穏やかに、そして小さく、小さく微笑んだ。



少女たちは、静かな図書館の中で、大切な秘密の約束をした。







リアはその夜、小さな便箋に向かっていた。


「大切な人に、伝えたいこと……」


書こうと思った。

でも、うまく言葉にできない。


ありがとう、を伝えたい。

胸の内であたたかく、くすぐったい正体を知りたい。


──この、気持ちは……?



その夜、リアの部屋の小さな灯りが、いつもより長く灯っていた。

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