表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/24

スラム


「スラムに……出向くんですか?」


「うん、掘り出し物が見つかるかもしれない」


 俺が異世界に来てから10日が過ぎた頃のとある休日、シクリィ師匠から、そう話し掛けられた。エイリル先生と千冶は朝食を済ませてギルドの依頼を受けに行ってしまったので、残された俺はシクリィ師匠から渡されたこの世界の漫画を読み楽しんでいたのだが……


「『勇者冒険譚』シリーズには色々な書物がある。国ごとに解釈だったり考え方が違うし、たまにオリジナルの物語も見つかる。掘り出し物探しに行く」


「ああー……だからってスラムまで行くのは──」


「私なら大丈夫。それに、コーレンもそろそろスラムの危険性を知っておくべき」


「えぇー……」


 嫌だぁ。とはいえ、危険な場所にシクリィ師匠1人行かせるのは……いや、俺の方が弱いし危険なのは分かっているのだが、それはそれとして心配なのだ。


「まあ、それじゃあ一緒に行きます?」


「うん、それじゃあ用意して。必要最低限の物だけ」


「はーい」


 必要最低限の物だけね……なんとなく察しはつくが──




「やっぱ臭ぇなここら辺……」


「臭いは我慢するより、慣れた方が良い」


 ここは宿屋から20分ほど歩いた薄暗い路地のような場所。そこらに汚物が落ちている他、どこからか嗅いだことのないような獣臭さを感じる……清掃作業で臭いに慣れてなければ朝食を吐いていただろう。

 そこから少し歩くと、ちょっとした大通りに辿り着く。そこには露天が立ち並び、ある程度の賑わいがあった。悪臭だけでなく、料理の良い匂いや薬のような匂いも混じり、気持ちマシになりはしたが……残念ながら、お目当ての書店はあまり見当たらない。


「うん、歩く」


「歩きますか」


 人混みの中を無言で歩く。シクリィ師匠、悪い人では無いのだが……表情が一切変わらないので、何を考えているのか分かりづらい。口数も少ないため会話が弾んでいるかすら……いやまぁ、あっちも別に俺を嫌ってるとか、そういうわけじゃなさそうなのは分かるけれども──


「新しい本、見つかると良いですね」


「うん」


「どんなのが好みの物語なんです?」


「……勧善懲悪、それと救済物」


「良いですね。俺もそういうジャンルは好きですよ」


「そっちの世界には、そういう本があるの?」


「ええ、そりゃ沢山」


「……羨ましい」


 よしよし、なんとか会話を繋げているぞ。

 しっかし、中々本を売ってる店が見当たらないもんだな。キョロキョロと周りを見渡してはいるものの、大した発見は──あ、そういえば……


「前々から気になってたんですけど、随分と子供が多いんですね、この街」


「……チヤも同じようなことを言ってた」


「アイツも?」


「うん、この世界じゃ多産多死が常態化しているからじゃないかって」


「……あー、そうか」


 どおりで老人を見掛けない筈だ。俺らの居た現代とは違って、治安も制度も医療技術も、何もかも整っていないこの世界じゃ、そりゃ当たり前の事ではあるが……


「……なんともなぁ」


「その気持ちは分かる」


「ですよねぇ、何か出来るんならしたいですけど」


「一気に変えるのは無理、徐々にやってくべき。コーレンは先ず力をつける。何を成すにも、この世界じゃ力が必要」


「……うっす」


 実際、日常生活や鍛練の最中、よく3人と俺を比べることが多くなった。全ての分野において、俺は全員に劣っている。だからこそ、もっと頑張らないと。世話になってる分、彼らに礼をしたい。それに強くなればいずれ……


「……よし、切り替え完了ッ! って、あれ? 師匠?」


 両頬を叩いて気合いを入れ直し、意識を現実に戻せば、いつの間にかシクリィ師匠が居なくなっていた。……まさか俺、迷子になって──


「うん、此処に居る」


「ワオッ!? ビックリしたぁ!」


 視界の端に巨大な黒い影が映り、それと共に突然背後から話し掛けられたものだから、思わず全身が硬直したまま飛び上がる。

 振り返って様子を確認すれば、そこには巨大な籠を両手で持ったシクリィ師匠が居た。籠には固そうな黒パンが飛び出すほどの量入っている。


「いつの間に……というか、全部食べるんですか、ソレ」


「うん。ねぇ、コーレン」


「はい?」


「今の反応、面白かった。もっかいやって」


「あれ条件反射みたいなもんなんで意識的には無理ですぅ……」


「そう、残念」


 マジでビックリした、心臓がバクバクいってる。とはいえ、逸れていないようで安心した。そうしてほっと胸を撫で下ろしていると、走ってきた小学生程の男の子に気付かずぶつかってしまった。


「おっとと、ごめんよ」


「チッ! 兄ちゃん気を付けろよ!」


 そう吐き捨てて走り去る少年──の腕を掴んだシクリィ師匠は、軽々と背負い投げで少年を地面に叩き付けた。突然の行動に反応できず、その様子を口をポカンと開けたアホ面のまま見物し……


「いっでぇ!」


「え、ちょ、え!?」


「右手、小物入れ盗った」


 その様子に周囲がざわめくが、シクリィ師匠の言葉でこの荒事はまるで日常風景のように流された。改めて少年の強く握りこんだ手を確認すれば、そこには魔具の小石が入った小袋が少年の小さな手からはみ出していた。少年は咳き込みながら急いで逃げだそうとするが、シクリィ師匠によってそれは叶わず、目には涙を浮かべている。


「離せっ! 離せよッ!」


「人の物、盗んだら駄目。要求があるなら聞く」


「う、うん。別に無理矢理返せとは言わないからさ、一旦落ち着いて、話し合わない?」


「うるっせぇ! そうやって俺を騙そうとしてるな! 離せよぉ……!」


 ……どうしたものか。シクリィ師匠と、互いに顔を見合わせる。盗られた物は、使い方が分からなければただの石だ。それに、少年は見るからに痩せ細り、全身に傷が見える。多分生活に困窮しているのだろう。俺に出来ることならなんとかしてあげたいが……この暴れ具合だと話すことすら難しそうだ。とはいえ、流石に衛兵につき出すなんてことは、この子の為にもしたくはない。本当にどうしたものか、そう困っていると、前方から見るからに怪しそうな格好の男が此方へ近付き声を掛けてきた。


「おやおや、お困りのご様子で……ふむ、人の良さそうな御仁に錯乱した少年。なるほどなるほど、おおよそですが状況は理解致しました。ならばボクの出番でしょう!」


 突然話し掛けてきた人物を奇異の目で見る。年は俺と同じぐらいの男だ、山吹色の髪に緋色の目、未だ顔には幼さが残る……なんなんだ、こいつは。男は仰々しい台詞を言い終わると共にスナップでパチンと音を鳴らす。その音と同時に男は両手を此方に差し出し……パッと何処からともなく花束を出現させた。


「……手品?」


「おっと、種も仕掛けもごさいません! お代は結構、さあさその目に焼き付けて! 大道芸人ロオレルの──げぶぁっ!?」


「「あ」」


 暴れる少年が振り回す腕、それがロオレルと名乗る男の顔面をぶん殴り、彼はそのまま体勢を崩して地面へ倒れた。


「……どうすんだ、コレ」







「落ち着いたか? 別に取って食おうってんじゃない。そもそも盗ったもんも盗ったもんだしな」


「………………」


 うへぇー、すっげえ睨まれてる……何とか小袋を取り返し、彼に中身を見せればシブシブと抵抗を止めた。その後、落ち着ける場所まで移動して、机を囲む席に座り、正面に座った彼の目を見る……が、少年は未だに口を開かない。どうしたものかと視線を泳がせれば、少年の後ろに萎びた大道芸人が机に突っ伏している姿を目撃する。なんなんだアイツは……重く気まずい空気に頭を悩ましていれば、脈絡なくどこからか腹鳴が聞こえた。


「ん」


「もごっ……俺じゃねぇって!」


 視線を正面に戻せば、シクリィ師匠が籠からパンを取り出して少年の口に突っ込んでいた。少年は悪態を吐くが、なんだかんだパンをペロリと食べたようだ。その光景に思わず笑みがこぼれつつも、今ならば聞いてくれるかもしれないと、再度質問を投げ掛ける。


「君、家族は居るかい?」


「……妹と弟が居る。4人だ」


 なるほどね。中々に闇が深そうだ──俺こういう重い空気ホンットに駄目なんじゃが……!


「えーと、働き口とかは、無いのか?」


「無理だ、末の奴らは働けない。働けるのは俺と1つ下の妹だけだ。俺らなんかを雇ってくれる処なんて、アイツらを養うほどの金は出してくれねぇ」


 そりゃまぁ、養えるほど稼げてるのならこんなになってないか……そういえば、冒険者ギルドにはそういう困窮している人に対する援助があった筈だ。それなら健全に働けるんじゃないだろうか?


「師匠、冒険者ギルドって弱者救済システムありましたよね?」


「……難しい。実績を積まなきゃいけないから」


「あー、俺が口利きとかしても無理そうですかね?」


「無理。今のコーレンはFランクだから、信用がない」


「あちゃー……」


「けど、私なら酌量は出来る。依頼をこなしていけば、相応に力もお金もつけれる。家族を守るためには力が必要。頑張って」


 シクリィ師匠は背負袋から1枚の紙を取り出し、サラサラとペンで何かを書き終えると、少年にその紙を手渡した。


「冒険者ギルドで、受付の人にそれ渡して。なんとかなるかもしれない。窃盗は捕まったら家族にまで危険が及ぶ。これ以降は駄目」


「………………」


 少年は猜疑心が強い。差し出された紙と師匠を交互に見合い迷っている。多分、何か裏があるんじゃないかって疑ってるんだろうな。あれはそういう目だ、よく見たことがある。

 シクリィ師匠はその様子に気付いたか否か、パンが入った大きな籠を少年に差し出した。


「これは持っていって。ごはん、食べなきゃ強くなれない」


「……なんで、そこまで」


「困ってる人が、手の届く範囲にいるなら、私は助けたい。ただそれだけ」


「同じく。自分に助ける力があるのに見てみぬ振りとか、朝の目覚めが悪くなるんでね」


「……ありがとう」


 少年は深々と頭を下げて、紙と籠を受け取りこの場を去っていった。


 にしてもよかったものか。あの腹の音、シクリィ師匠から聞こえた気が……本人がそうしたいのなら俺は止めないけどさ。


「師匠、これどうぞ」


「……ありがと」


 手提げ袋から非常時用のパンを取り出してシクリィ師匠へ渡す。まあ、無いよりマシだろう。

 そうして一段落していると、顔ほどのパンを一瞬にして食べ終えたシクリィ師匠と俺に対して、突っ伏していた大道芸人が起き上がり、拍手しながら話し掛けてくる。


「いやはや、よきものを見せて貰いました。困窮の少年を救う喜劇! 思わず感涙してしまいそうで……さておき、お聞きしていた通りの方ですね。なるほど、世の中捨てたもんじゃないとはこの事ですか。よかれと思って口出しさせて頂きましたが、完全な徒労になってしまいましたね。お恥ずかしい」


「……聞いてた通りってのは?」


「ああいえ、スラムを巡回しては揉め事を解決する少女についてお聞きしておりましたので、折角なら一目見ておきたいと思い声を掛けさせて頂きました。改めまして、ボクの名はロオレル。大道芸人をしております。此度はアナタ方にとある依頼をしたく馳せ参じた次第にて……とはいえ冒険者ギルドを通す形となりますので──大悪人マルコーシアの捕縛依頼、10日後に召集を掛けますゆえ、どうかお力添え願います」






 零れ話──漫画

 この異世界では魔法使いによって製紙業が盛んに行われている。そのため5世紀ほどの文化水準ながら新聞のような情報伝達サービスや書物類が庶民に親しまれている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ