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初依頼


 ※注意 嗚咽表現あり



 俺がこの世界に転移してから1週間が経過した。といっても特段変わったことはなく、ずっと鍛練と休暇の日々を過ごしていたのだが──


「休日明けですまんが、今日はギルドで依頼を受けてもらう」


マジですか(ふぁひふぇふは)


「マジだ」


 ──と、朝飯を食べている最中にエイリル先生から言われた。冒険者ギルドの依頼、そう聞いて頭に浮かぶのは、薬草採取やゴブリン討伐等のファンタジーあるある初期クエストなのだが……はたして何を受けるのだろうか?

 討伐は嫌だなぁ、生物を殺すということに忌避感がある。昔捌いた鶏の顔が、今でもたまにフラッシュバックするぐらいには抵抗感が……


「ん、まあ鉱簾が考えてるような依頼はまだ受けれんから安心して良いぞ」


「あ、受けることすら出来ないんですね……それじゃあどんなのを──」


「そいつは行ってのお楽しみだ。シクリィと千冶は近隣の村に出没したアンフィスバエナの討伐だろう?」


「そっスね、なんか気を付けることとかあります?」


「毒を扱うとは聞かないし、シクリィが居るなら大丈夫だとは思うが……にしてもちょいと不自然だ。アレは通常、砂漠に生息する蛇竜だ。最近は、そういう生息域を逸脱した奴らが多い。知らん生物が出てきたら、まず撤退を心掛けろ」


「うん」

「ウッス」


 彼らは討伐依頼を受けに行くらしい。アンフィスバエナってなんだろうと思いながらも、まあ俺には関係無いから良いかと勝手に結論付けてパンを口に詰め込む。


「……んぐ、なんか大変そうだな。頑張れよー」


「お前もな。うし、ご馳走さんっス」


「ご馳走さま」


「お粗末様、頑張ってこい」


「「ウス/うん、行ってきます」」


 2人は朝食をさっさと食べ終わると、用意していた荷物を持って部屋を後にした。俺も皿によそった分を食べ終えて食器を纏める。その最中、具沢山のスープが入っていた寸胴鍋が目に入り、残ってないかと改めて中を覗くが……綺麗サッパリ食べられていた。この6割をシクリィ師匠が食べたというのだから恐ろしい。エンゲル係数はどうなっているのだろうか。


「……今更ながら、あの小柄な身体の何処にこの量が消えてんだか」


「……それはな、私も10年以上一緒にいるが一切分からん」


「やべー……」



 そんな朝の一時を過ごしつつ、俺とエイリル先生は荷物を纏めてギルドへ足を運ぶ。

 ギルド内は閑散としつつも、酒場エリアで数人の強面集団が屯って酒盛りをしているようだ。


「よし、これがいいか」


 エイリル先生は多種多様なサイズの紙が張り出されたボードの前に立ち、その内容を吟味したかと思えば1枚の紙を選び取る。


「それじゃあこれを持って受け付けに出してこい、そしたら印が押されるから、紙に書かれた指定の場所に行って依頼をこなしたら終わりだ。私はまた別の依頼受けるから今から別行動だな」


 そうしてエイリル先生は1枚の紙を俺に渡し、素早くギルドを後にした。

 ギルドに1人残された俺が依頼内容を確認していれば、突然背後から声を掛けられる。


「……おい、お前」


「え、あっはい?」


 振り返れば、そこには先程まで酒盛りをしていた強面の集団が俺を見下ろしていた。この前の事もあって思わず顔をひきつらせるが、流石に組合員同士で問題事は起こさないだろうと己に言い聞かせる。


「……清掃依頼なら、臭いを誤魔化せる物を用意しておけ」


「そうそう、それと裏通りは治安悪ィから、周囲にはくれぐれも気をつけろよ?」


「終わったら身体を洗え、ほっとくと病気になっちまう」


「あ、そりゃどうもご親切に、ありがとうございます」


 なんだ、ただの気の良いオッサン達だったか。ちょっとでも疑ってしまって申し訳ない。

 以前の事で警戒していたが、なんか普通に心配してくれる人達だった。あれやね、顔がアカンわ。そんな失礼な事を思いつつ、口に出さず頭を下げる。


「……ここには腹に何かしら抱えた奴等が多い。素性を探るのはご法度だが、これだけは注意しておく。お前は珍しい人種だ、構成員だからといって、拐う奴が居ないとは言いきれん。気をつけろ」


「……うっす、ありがとうございます」


 うん、警戒するに越したことはないな!石橋6億回ぐらい叩いて過ごすぐらいが丁度良いのかもしれない。

 なんにせよ、ご親切に注意してくれたのは感謝だ。なんだかんだ人は見掛けによらないことを再確認しつつ、受け付けに依頼用紙を持って足を進めた──





 ──紆余曲折あったものの、なんとか依頼を受けることが出来た。依頼の紙に示された場所へ出向き、改めて内容を確認する。なんでも、指定の路上を清掃しろとのことだが……


「くっせぇー……!」


 臭い、とにかく臭い。前提として、この異世界は全体的に臭い。というのも、排泄物やゴミを道端に捨てている人が多いのだ。一応糞尿の廃棄場所が無い訳じゃないが、結構遠いのもあって道端に捨てる人が大半である。……もし勇者が衛生の概念を広めてなければ、もっと酷かったろうことは想像に難くない。

 ある程度慣れたものの、未だ悪臭が鼻につく……特にここは酷い。吐瀉物や生ごみ、積もりに積もった排泄物が此処彼処にあるのだ。その上、乾燥してるので粉末上になった汚物が宙に舞っている。ガッデム!喉元まで来ていた苛立ちの気持ちをグッと抑え、布で口と鼻を覆い、覚悟を決める。


「集中……!」






「イメージねぇ……」


「ま、ピンとは来ないよなぁ」


 異世界に来てから4日が過ぎた頃、宿屋で千冶と魔法について話していた。昨夜、エイリル先生のお陰で俺の全身に駆け巡るマナという不思議エネルギーを知覚したは良いものの、その放出方法について悩んでいたのだ。


 昨日説明された内容を、首を傾げながらに思い出す。魔法というのは、その想像したイメージによって必要なマナの量が決まるらしい。水を500ml出すのと10L出すのじゃ必要なマナの量が変わるというのは、分かりやすい例えだ。

 その上で、それを実現するために必要な出力や放出口が足りてなきゃ魔法が使えないというのも……まあ、分かる。要するに、500mlペットボトルを1秒で貯めなきゃ発動できない魔法があったとして、1秒間に最大100ml出る蛇口が1つしか無ければ、その魔法は不発になる。しかし蛇口が複数個ついてたり、蛇口が超デカイ場合は魔法が使えるって訳だ。

 そして、問題のイメージについて。


「『ファイヤーボール』……なんで炎が球状に固まって、思った通りに飛んで、着弾時に爆発するか……そういうもんだからじゃねぇの?」


「そりゃそうだ。論理や原理を無視したもんが魔法だもんな。だけど、リル先が言ったことって実際大事な考え方だぞ。ある程度論理立てて使ってた方が、魔法ってのは便利に使える。緊急時なら尚更な」


「んー……?」


「ま、使ってけばいずれ分かるさ」


「そーいうもんか」


「そういうもんだ」




 ──この1週間で、俺は千冶とエイリル先生から魔法の使い方を教わった。魔法とは想像の具現化、即ち不思議エネルギーさえあれば思ったこと何でも出来る。人によって適正は様々なようだが、幸い俺には全ての魔法を扱う適正があるらしい。今回の依頼は魔法を使えるかの試験でもあるわけだ。今回必要なのはこの汚物達を清掃するイメージ……イメージ……イメージ……ヒャッハー!汚物は消毒だぁー!……って違う!街中で放火とか正気の沙汰じゃないぞ!

 こういう事があるからイメージ定めて詠唱することを忘れちゃいけない……汚物を清掃……清掃……掃除……そうだ!


「『集まれ!』」


 そう発して手を空に伸ばしマナを放出する。そうすれば想像通りに汚物が空中に集まってきた。ヨシヨシ!まずは掃除機で吸うイメージ、俺が汚いと思うものを空中にかき集めて一塊に──


「──オ"ッエ"!」


 途轍もない異臭に思わず汚物を一塊にしていた魔法が解け、空中に集まっていたそれらは自由落下により地面へと叩きつけられた。そうだよね!悪臭放ってるもん一気に集めたらそうなるよね!馬鹿だろ俺!涙と嗚咽が止まらない中、なんとか改めて汚物達を集める。こ、こんどこそ!


「き、『消えろ』!」


 集まった汚物を消滅させ……ん?


「あ、あれ? 『消えろ』!」


 マナを込めて魔法を使おうとするが、マナが消費されるだけで汚物達は何の変化もしなかった……使えねぇー!?くっ、流石にそう上手くはいかないか……なら!


「『圧縮』! 『封印』!」


 改めて一塊になった汚物達を掌サイズに圧縮する……イメージだったが、収縮は45Lゴミ袋ぐらいの大きさで止まってしまった。その上、魔法の凄い力で壺かなんかに封じようとしたものの、それはマナを無駄に消費するだけでスカってしまった。


「ぐ、それなら……! 『コンクリ固め』!」


 千冶お得意のコンクリで対象を包む魔法だ。生コンクリートで覆い、直ぐに固める。そうすれば汚物は灰色のコンクリートに封じられ、その姿が見えなくなった……が──


「──なんで臭いが漏れてくるんだよ……!」


 確かに気持ちマシにはなったが、それでも臭い。けどこればかりはしょうがない……いや、待てよ?


「……『消臭』」


 そうコンクリートに向けて唱えれば、先程までの悪臭が嘘のように消えた。ヨーシヨシヨシ!俺天才!


「後は石畳の消毒だな……『ねっとう』」


 湯気立つ水が掌から放出され、腕を動かし道に熱湯を蒔く。よし、これで──


「あと、これを3回か……」


 ──清掃依頼の1/4が終わった。体感のマナ残量は40%ぐらいだ……うん。


「……やるぞぉー!」


 ふぁいとー!いっぱーつ!








「それで満身創痍な訳ね……お疲れさん」


「鼻……ないなった」


「あるよ?」


「師匠、多分そういうことじゃないと思います」


「ギルドの依頼……思ってたんと違う……!」


「ギルドに回ってくるの大体雑用依頼だからなぁ。オレの時もそんな感じだったし。初依頼でテルモポリウムで仕事手伝わされたもんだから、冒険者とはなんぞやって疑問に思ったもんだ」


「……そっかー」


「あ、駄目だコイツ。本気で辛い時の反応だ」


「……よしよし」


 シクリィ師匠から頭を撫でられる……うぅ、これが母性……?


「……うわっ」


「はい傷ついたー! その3文字で俺傷つきましたー!」


「ガキかお前は……」


「お前と同い年ですぅー」


 さっきから悪臭の後遺症で吐き気と倦怠感が止まないが、気合いで我慢し空元気で雑談をする。嗚呼、気のせいか遠くから良い匂いが──


「馬鹿やってねぇで飯の時間だ、運べ運べ。初依頼記念で豪勢にしたぞ」


「「おおー」」

「うっしゃあー!」


 悪臭の後遺症?知らんな。



 零れ話──ギルドの酒盛り場

 本来は食事処 兼 組合員同士での知識や言語、技術を共有・伝達し合う場であったが、今は組合員数の減少や社会全体の騒乱が落ち着き、飲んだくれが集う場となった。

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