シリアス そして発散
ギルドの依頼を済ませた帰り道。彼らに対する罪悪感を覚えながら上空を飛び進んでいると、不意に腹の音が鳴る。
「腹ァ減ってきたな……あ?」
月明かりが暗がりを照らす中、鉱簾に掛けていた精神操作魔法が解除された事に気がつく。精神操作魔法といっても、毎日枕の横に10円が配置されるぐらいの幸福感を味わって多少ポジティブシンキング気味の思考になったり、悪夢を見づらくなり睡眠の質が気持ち上昇する程度なのだが……何故解けたかが分からない。千冶やシクリィに掛けた魔法は解けてない辺り……いや、様子がおかしいか?
違和感を覚え、掛けた魔法を頼りにマナを辿って相手の状態を測ると……あ"ッ!?
「2人とも魔法で眠らされている……!?」
浮遊、軽量化、空気抵抗軽減、噴射、加速etc……私自身に魔法を掛け、全速力で空を駆け町へ向かう。魔法の心得がある千冶と、耐性を持つシクリィが魔法を受けて眠らされている。そんな事出来るヤツは相当な実力者、しかし鉱簾だけ精神干渉魔法が解除されたのが引っ掛かる。あの2人には興味がないとばかりだ、アイツだけを狙う理由……
「チッ……邪魔すんじゃねぇ!」
正面から黒茶色の羽毛を全身に纏わせ、鋭い爪と嘴を備えた巨大な怪鳥──ルフ鳥が飛来し、此方へ向けて魔法で岩石群を飛ばしてきた。それら全てを躱し、私の全身を岩で包み込む。その状態でデカワシの頭に目掛け、勢いそのまま突っ込んだ。頭に風穴が空いたルフ鳥は重力によって地面へ勢いよく撃墜する。
纏った岩を解除し、勢いを殺さずに町へと急ぐ。あの鳥にはすまないが、あの巨体を持って行くほどの時間はない。せめて動植物達の糧になってくれ。
そうして猛スピードで飛翔していれば、ようやく町へとたどり着き……それと同時に信じがたい異変に気がつく。
「ウッソだろ!? 住民全員を眠らせてんのか……!」
どんなマナ総量と出力だよ……しかも面倒な結界も張ってるせいでうまく魔法が作用しない、ええい鬱陶しい!
町の中心へ赴き、全身からマナを放出して町全体を包み込む。これで鉱簾のマナを見つけようとするが……如何せん出力が足りず広がるのが遅い。うかうかしていれば敵が私の存在に気付いて逃げてしまうだろう。なので虎の子の魔石もプラスで使う。
魔石とは、全生命体の頭にある石のような器官である。マナを生み出す炉のようなもので、他にも諸々の役割があるハイテクな臓器なのだが、その話は長くなるので今は省略。死亡した生物から抜き取った魔石は、マナを溜め込んだ言わば蓄電池のような物だ。そこからマナを吸収したり魔具に改造したり等々、使い方は様々だが今回はブーストに使う。要は出力を上げてさっさとマナを広げてしまおうという訳である。
「──見っけた!」
やっと見つけた反応を頼りに現場へ急行する。そうして鉱簾のマナを頼りに飛行していると、綺麗に整列された石畳が広がる大通りになんとも異質な物を検知した。それは私達が泊まっている宿屋の近く、大通りの真ん中に鎮座するワンルームぐらいの黒い箱……2重の意味でのブラックボックスだった。
中には鉱簾と誰かが1人、恐らく犯人だろう。だがそれ以外の詳細は全く分からない──ので、取り敢えずぶち壊す。
箱自体を魔法で吹き飛ばし、生み出した透明な手を伸ばして鉱簾を抱え救出する。それと共に鉱簾に掛かっていた精神干渉を解除し正気へと戻した。
「……あれが元凶か」
視線の先、初老の男を観察する。状況や特徴から推察するに、恐らくは亡国ペルスアの王ダカイ・メレネオスだとは思うが……と、なんか睨み付けてきてるな。
「はぁ、色々と疑問は尽きないけど……全く、流石だね。メアリー・スー」
「光栄でもなんでもないが、どうせ褒めるんなら国有財産から褒美をくれよ王様。ああ、そうか。お前の国、とっくの昔に滅んでんだっけ?」
売り言葉に買い言葉、お互いに探りを入れて、この場は膠着した。此方のカマ掛けを無視し、男は口角を上げながら此方へ提案を持ち掛ける。
「……一応、言っておこうか。彼を返してはくれないかな?」
「ハッ、出会って早々見返りなしに物乞いかよ。そんなんだから勇者どころか内戦ばっかしてた国に敗けたんだぜ? 40年近く経つんだ、お前さんもちっとは成長し──っぶね! 会話中に攻撃してくるなんてマナーがなってねぇな!」
話の途中で痺れを切らした初老の男は、魔法で黒く光沢を帯びた鋭い刃を無数に生み出し、此方へとそれらを発射した。
鉱簾を守る為に巨大で透明な壁を生み出して刃達を防ぐ。攻撃を防いでいる最中、話している時に地面へ忍ばせ伸ばしていた透明な手を束ね、男を捕らえ締め上げる。
「さて……どうしたもんかな」
恐らくだが、街の人々を眠らせたのはコイツじゃない。それに、この感じ……この程度の拘束じゃ、その気になれば抜け出せるな。私の出力不足を恨みつつも、せめて逃げづらくする為に、何かしら前兆が見えたら即座に魔法を放てるよう準備をする。透明な手を伸ばして包囲、そこからいつでも攻撃できますよアピールとして掌をピカピカと光らして牽制をするが……気色悪い事に男は未だにニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべている。この場に緊張感が漂う最中、その空気を壊すように上空後方からケタケタと嗤いながら近づく存在が此方へと話し掛けてきた。
「おヤおヤおヤー、メレっち大ピンチって奴ゥ? ってのわァッ! 話してる最中に撃ってくるとか礼儀がなってねェナ!」
「お門違いだ、私は荒くれ者だぞ?──この状況はお前の仕業だな?」
後方から姿を表した異形。人の顔に生えた捻れ曲がった角、鋭い鉤爪、蝙蝠のような翼生やした獅子のような肉体……封印されてない悪魔だ。己の欲望に忠実で、魔法を扱うことに長けた人工生命体。対価を支払うことで人の願いを叶えることが出来る存在、それが願望器としての悪魔。コイツを使ってメレネオスは異世界から人を呼び出したのだろう。
「……2回も願いを叶えてまァ。お前、何を失ったよ」
「はははは! おっと失礼……いやしかし、よりにもよって、ソレをアナタが聞きま──ゲホッ」
「質問に答える気がねぇなら喋んな」
下手に喋るつもりはないと分かり、より強く締め付けて会話を遮断する。どうしたものかと目の前の男と後ろの悪魔の様子を伺うが、こうしていても状況は進展しない。正直、コイツらを相手に足手まといを守りながら戦うのは厳しいものがある……面倒臭い事この上ない。
「……厄介」
「そうだろうね。だから一度この拘束を解いてくれないかい? 話し合いで解決しようじゃないか」
「実力行使でも良いけどナ、御守りしながら俺達2人を相手にすんのは──「だからこうする」──ハァ!?」
右腕を天へ掲げ、掌から極太の光線を放つ。
ゴウッという凄まじい音と共に放たれた雲を衝く光の柱は、町全体を照らす太陽がごとき明かりを放っていた。奴らが驚いている隙を突き、光線が出ている右腕を、男が居る方へ振り下ろす。
私の突拍子もない行動に、奴等の対応は素早かった。
牽制で用意していた無数の掌から、締め上げられていた男に目掛けて光線が放たれる。が、男は何とか拘束から脱出し、光線を避けながら体勢を低くして此方へ向かい走り駆ける。同時に悪魔は羽を忙しなく動かし、鉱簾目掛けて突進を開始した。
たった1秒にも満たないその時間で、コイツらが此処まで動くとは。ある程度動いてくると予想をしていたが、もう少し狼狽えてくれんか……全く──ここまで上手くいくとは思わなんだ。
「がッ!?」「ゥ"ッ……!」
鉱簾に向かって飛行する悪魔が、どこからか勢いよく伸ばされた "なんちゃって如意金箍棒" によって凄まじい速度で撃墜される。その一方で、私に向かって接近していた初老の男は、突如現れた少女に驚愕し、目を見開いて困惑混じりの表情に変りゆく。その逡巡の間を突き、少女は男の腹に強烈なレバーブローを食らわせた。拳が深く突き刺さり、男の身体が浮き上がる。勢いを殺され吐瀉物を口から飛ばす男に対し、少女は瞬時に右腕を引っ込めながら左拳を男の腹へ再び放つ。轟音と共に、男は大通りをピッチングマシーンから放たれたボールが如きスピードで、複数回バウンドしながら吹き飛び転ぶ。
「ナイスパス」
──両者が前方にぶっ飛ばされ、軌道の交点で2名は衝突する。一纏まりになった悪魔と男に、躊躇いなく巨大な光柱が振り下ろされた。
舗装された石畳は眩い光線に触れた場所から融解し、2つの影は光に飲まれ消ゆる。逃げ道を潰し、確実に仕留めようと放出口を出来るだけ増やす。そうして数秒した後、手応えが無くなったのを感じて光線を消す。地面は一直線に抉れ、破壊跡には何も残ること叶わず──悪魔がこの程度で殺れる訳がないだろう。私に精神干渉とか出力100億倍にして出直せっての。あークッソ、逃げられたか……!無駄だろうと思いつつ、試しに街全体を探るがアイツらの反応は無い。随分と遠くへ行ったな。住民に掛けられていた魔法も解かれたみたいだし……ええい!これだから悪魔は……!
「……チッ」
「追う?」
「いや、悪魔と一緒に行動してる時点で殺さん限り捕まえられんよ」
「鉱簾! 大丈夫か? 大怪我とかしてないよな!?」
「大丈夫だから回復魔法使うのやめろ! 眠気掻き消えるわ! ったく……助けてくれてありがとよ」
アイツ等との会話中に千冶とシクリィに掛けられていた魔法を解きはしたものの、ちゃんと起きてくれたようで助かった。わざわざあんなデカイ音出してド派手な光線出した甲斐があったというものだ。
「鉱簾、助け出すのが遅れて済まなかったな。疲れているだろうが、寝る前に何があったかだけ聞かせてくれないか?」
「うん、覚えている範囲で良い」
「あー、結構朧気ですけど──」
ふむ、なるほど……記憶改竄されて危うく連れていかれそうになってたわけか。ってなると、アイツ等の狙いは──大方、被害者である彼を拐って、勇者と同郷である鉱簾を革命軍のシンボルとして利用する、とかか?あの一派、不都合なこと全部帝国の性にしてっからなぁ……そういう風に思考を誘導させてると言うべきか。失敗した今、多分アイツら懲りずにまーた異世界から人を喚び出す気だろう。かぁー面倒臭ェ……。
「──で、部屋が壊れてって感じすね。マジ助かりましたわ、ありがとうございます」
「間に合って良かったよ。なんとなくだがアイツ等の狙いが分かった気がする……が、当たってる場合、アイツら多分もう此方に近づきすらしないだろうな。嬉しくもあり面倒でもあり……」
「捕まえづらくなった?」
「成長の邪魔をされなくなったんだ」
「問題を後回しにしてるだけじゃないッスかねそれ……ふぁーあ、ねっむい」
「同じく」
「うん、2人とも寝る。大丈夫、今度は私達がちゃんと守る。絶対」
「そうだな。……はぁ、防犯魔法の性能もっと強化しなきゃか。まァそこら辺はやっておくから、お前さんらはとっとと寝ちまいな。明日は早ぇぞ」
「ウス」
「はーい」
宿屋へと戻って行く2人を横目に脳内で思考を巡らす……が、全然頭回らない……今日のところは一旦寝るか。そう結論付け私も宿屋へ足を運ぼうとすると、シクリィが送ってきた視線から、何か言いたげな様子に気がつく。
「どうした? 何か気になることでもあったか?」
「……兄さん、道」
「──あ"」
職人達の手によって丁寧に作り上げられた大通りの姿は──まあ、なんということをしてくれたのでしょう。戦闘の余波(9割方私のせい)によってボコボコになっているではありませんか。
思わず二度見して、シクリィと目を合わせる。
「……わ、私じゃないぞ。これはメレネオスとあの悪魔がだな──」
「………………」
「…………分ぁーったよ! 直す! 直すから!」
「うん」
満足したように宿屋へ戻る義妹を横目に、魔法で道を元に戻す。疲れている身体を更に酷使し、修繕作業は深更まで及んだ。疲労がピークを越えた辺りで作業を完了させ、腹の音を鳴らしながらようやく宿屋へと戻れば……あーっ!夕飯全部食われてらァ!?
「……はぁ、まあ良いか」
深く溜息を吐き、部屋の収納棚からライ麦パンを取り出す。スヤスヤと眠る3人を見ながら、1人寂しく固いパンを食らうのだった。




