モチベーション
ええい!本当に冗談ではない!酷い目ってそういうことかよ!普通魔法ってもうちょい便利なもんだろ!?
「なんで治すのに痛みを感じる必要があるんだ!」
「そういうもんだからだ!」
「そういうもんってなんだよ!」
狭い室内でわーぎゃーと2人して騒ぐ。確かに中二病が抜けきっていない今日この頃、アニメや漫画でよくある修行パートにゃ心躍り憧れるモノだ。しかし、それはそれとして痛いことは出来るだけしたくない。だって嫌だもん、誰が好んでわざわざ痛いと分かりきってることなんてするもの──
「うるさい」
「「アイッデェ!?」」
俺達の脳天を衝撃と痛みが襲う。恐ろしく早い手刀打ち、殴られた俺じゃなきゃ気づかないね……
「大声出せる元気あるなら、身体を動かす。準備運動、柔軟もする。私の真似して」
「うす……」
「あい……」
力無き言論は絶大な力を前に徒労と化し、言われるがまま準備運動や柔軟を行う。なんか、異世界なのに体育の準備運動とさほど変わりないな。うぉっ、シクリィさんと千冶身体柔らかッ!特に千冶、お前そこまで柔らかくなかっただろ。長座体前屈だって俺と同じぐらいだった筈なのに……これが4ヶ月の差か。それに比べて俺は──ヤッバイ、超痛いし全然伸びないんだが。痛みを我慢しながら、どうにか身体を倒そうと試行錯誤を繰り返す。そんな俺を見て、シクリィさんが無表情ながらに厳しくも優しげな声色で俺を諭す。
「別に無理して伸ばさなくていい、凄く痛いと思うのは駄目。コーレンは不快感と気持ちよさの中間ぐらいで止める、私とチヤはずっと続けてきてるから、比べる必要はない」
「……ども、ありがとうございます」
「うん。次、仰向けに寝て──」
あらやだ優しい(トゥンク……)
……いや、ネタ発言にしろ字面的に危ないなコレ。パッと見俺より5歳は下の少女に(トゥンク……)はナイナイ。
つらく苦しい思いを脳内で紛らわせつつ、体操や柔軟で軽く身体を動かし筋トレに移行、腕立てランジプランクスクワット、クランチヒップリフトetc……まさしく地獄、メニュー全てが運動不足の俺を着実に刺してくる。しかも、限界がきて力が入らなくなった途端、千冶が回復魔法を使い俺の身体を万全な状態になるまで癒された。クッソ痛い。そんな自分と比較して、2人は慣れていると分かっていても、軽々とこなしてゆく姿に痛さとツラさと劣等感で心が折れそうになる──が、泣き言をいう暇すらないときたもんだ。しかも、ツラいのは筋トレだけじゃない。異様に重い丸石を持っての走り込みや、棒の素振り、受け身の取り方、節操無しかよと不満に思うほど様々な事をやらされた。
そも色々とツッコませて欲しい。何で異世界にダンベルがあるのか、ハーフデッドリフトってなんなのか。鍛えるところ変える度に回復魔法する意味ないだろ嫌がらせかこの野郎!とか。
回復魔法がほんっとツラい!苦しい!堪えられない!ファッキン痛覚!アイッデェェェ!? 言ってる側からァ!
うわーん!回復魔法なんてもう懲りごりだー!
「うん、あと4セット」
「ミ"」
トホホエンドでも誤魔化せなかっ……た……ガクッ……
「──今日はこれでおしまい。お疲れ様」
シクリィ師匠の労いのお言葉でその地獄は一旦終わった。彼女はエイリルさんを迎えに行くとの事で、俺と千冶が先んじて宿屋へと足を運ぶ。部屋に帰り、汗でびっしょりの服を脱ぎ捨て身体を布で拭く。千冶の奴から「おつかれー」と投げかけられたので、その無神経な言葉に苛立ちを覚え、文句を言おうと、脳内で今日の不平不満を並べて声に出して言おうと口を開くが……いざ言おうにも疲れからか発声しかねてしまった。もういいやと諦めて、なげやりに全身を脱力させ、固いベッドに倒れ込んで窓の外を見上げる。曙色のような黄金色のような、そんな黄赤色の空は元の世界とあまり変わらない。夢ならば早く覚めてくれと何度も思ったが、その度に全身に走る痛みから(ああ、現実なんだな)と落ち込むまでがワンセットだ。
「これを後1ヶ月もか……」
ポツリと心の底で思っていたことを洩らす。身体の痛みは既に無い、けれど精神の痛みは消えずに残っている。魔法ならば、そこんとこまで治してほしい。
「なんだったら1ヶ月後のがキツいと思うぞ、どうしたって実際に戦わなきゃいけないからな」
「マジかぁ」
「マジだ」
「……かーらーのー?」
「思ったより余裕あるなお前」
「ハハハぶん殴るぞ」
「言いながら殴り掛かる奴が居るか! ……すまんかったな。少しでも楽になればとでも思ったんだが」
「いや、助かってるよ。もー頭パンクしそうでさぁ」
伸ばした手をひょいと避けられながらいつも通りに軽口を言い合う、今はそれが有難い。全然頭が回らないんだもの。
「……はぁーッつっかれたァ……」
「はいはいおつかれさん、精神的に耐えられないってなったら言えよ? 流石に師匠もリル先も休ませてくれる筈だぜ?」
「年下の女性を師匠って呼ぶの、どことなく犯罪臭がするんだが……」
「不審者ファッションのリル先に世話なってる時点でなにを今更」
「それもそうか。そういえばお前、エイリルさんのことずっとリル先って言ってるけど何で?」
「魔法の先生だからリル先。昔シクリィさんに師匠って言ってみたら本人が大層気に入ってな。以降もそう呼んでたら、リル先が『私にも何か呼び方は無いのか?』って聞いてきたもんだから」
「……なんか初対面のイメージから想像──出来るな、うん」
「なんだかんだ気さくな人達だからな。お、噂をすればなんとやら、帰ってきたみたいだぞ」
「え、マジで?」
「マジ」
「帰ったぞ」
「ただいま」
会話からまもなく、ガチャッと扉の開く音と共に入室してくる兄妹。両手に抱えた大荷物を千冶は慣れた様子で軽々と受け取り、中身を机に取り出し始めた。
「ほらな」
「マジだった……なんで分かるんだよ怖っ」
「そりゃまあ気配で」
「アニメ世界の住人かよ」
マジで何で分かったんだ?別に足音とかもしてなかったし……そう疑問に思えば、エイリルさんが俺の様子に気づいて空中に食材を浮かべながらさらりと答えた。
「マナを感じ取ったんだろ。分かりやすい例えだとアクティブソナーだな、お前さんらの世界にあったろ?」
「いやそんな皆さんご存知の、みたいなノリで言われましても……なんでそんなこっちの世界に詳しいんですか」
「個人的に昔から異世界について調べていてな。異世界人が残した発明や手記、情報やらを集めては読んで、仮説・検証・考察を繰り返してたら色々と覚えた」
まさかの自己学習オンリーかよ凄えな、見た目や口調によらず知的なタイプ?
「うん、兄さんは物知り。分からないことは聞けば分かる」
「……確かに。これはリル先ですわ」
「だろ? ほら、疲れてるとこすまんが食器並べんの手伝ってくれ。今から飯だぞ」
「おお! すっげー腹減ってたから有難ェ!」
「回復魔法の使いすぎだ。治すと言っても、その際に必要な栄養全てを賄える訳じゃない。それに、消費したエネルギーは接種しなきゃいかんしな」
何もない空中に火を灯して寸胴鍋で食材を煮込むエイリルさんから夢の無い話を聞き思わず肩を落とす。嗚呼、想像していた煌びやかな魔法のイメージ像がガラガラと崩れてゆく音が聞こえる……というか崩れてゆくのは回復魔法のイメージか。さらっとスルーしてたけど、空中で料理するとかいう離れ業してるし。あれ俺もやってみたいな。ふわふわと空中に浮かぶの楽しそうだし、その状態での調理とか現実離れしていて込み上げてくるものがある。回復魔法についてはもうほんっと懲りごりなんだがね、多分明日以降も使うんだろうなぁと半ば諦めてる。
「……なんか回復魔法って思ったより不便ですね」
「何事もそう上手い話は無いさ、ほらさっさと座れ。今日は肉取ってきたから一応豪勢にしたつもりだ。口に合わなくても食えよ」
「おおー」
「わーい」
「うす」
テーブルに並べられる料理の数々、肉の煮込み料理や葉物野菜と豆の炒め物……これはヒヨコ豆か?あんまり見ない平たいヤツもある、それにライ麦パンか。見慣れた食材とは少し違う、どれもこれも異国風の物ばかりだ。匂いもちょっと海外チックというか……当たり前だがやっぱ植生とか違うんだろうか。
「よし。おかわりはここに置いておくから、足りない場合は必要な分よそって食え。余ったもんは……チヤ、冷やして保管しといてくれ。一緒に食べれなくてすまんが、私はまた出掛けてくるよ」
「え、食べていかないんですか?」
料理を配膳し終わると同時に、エイリルさんはいつの間にか着ていたエプロンを脱いで再び外に出て行く準備をしていた。ハードワークにも程があるだろう、一緒に食べてから行けば良いのにと思い一言声を掛けた。
「お気遣いは有難いが、私も私でやることがあるんでな。まァ、帰ってきて余ってたら食うさ。つっても手持ちはまだあるし、無けりゃ無いでまた作るしな。若人は遠慮せず食え食え、明日も大変だぞ?」
「んぐ……それじゃあお言葉に甘えて、エイリルさんもお気をつけて」
「「いってらっしゃい」ッス」
「あいよ……そうだ鉱簾、言い忘れてた事がひとつあった」
「へ? なんですか?」
扉に手を掛けたエイリルさんが此方へ振り返り──精神的に疲労していた俺を見透かしてか、クリティカルヒットな言葉を繰り出した。
「この世界、強かったらモテるぞ」
「──ホンマでっか?」
「おう、それこそ国で1番ともなれば、嫁さんの5人や10人は当たり前だしな。鍛練して飯たらふく食えば自ずと強くなるぜ……クフッ、ほ、ほんじゃ行ってくるわ」
「「…………」」
「スゥーー……」
おっしゃあ!俄然燃えてきたァ!
全身を小刻みに震わせながら出て行くエイリルさんや尻目に、夕飯をかっ食らいながら心の奥底をメラメラと燃え上がらせた。俺は決意する、強くなって元の世界に帰ってやると……そして!幼き日から夢見たハーレ……エデンをつくるため!異世界で必ずや全人類の夢を成就させてやると!ふは、ふはは!ハーッハッハァッ!
そんな俺の様子を見た2人は、呆れた様子で肩をすくめながら晩飯を食べていた。




