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学園長の依頼


 気がつくと、目の前にはセピア調の風景が広がっていた。


『ああ。また、この夢か』


 俺はそう知覚する。学園に来てからというものの、同じような夢を見続けている。正面には壮大な建物、現在よりも幾分か綺麗な学園を、槍を持った初老の男が感慨深そうに眺めていた。


「おーおー、随分と立派な学舎──いや城かコレ?」


「学舎だ。全く、茶化しに来たんならさっさと帰りな」


 男の目の前へ、中年の着飾った日本人が現れた。はじめは戸惑っていたものの、今ならば理解できる。これは、過去に起こった会話だ。


「オイオイ。学園設立の大半は俺が関与してのに、そんな言い草はねぇだろ?」


「フンッ。ソルダレナの野郎共々、危険物押し付けといてよく言うぜ」


「HAHAHA、信用してるぜ槍野郎。

 にしても改めてビックリ仰天だよ。お前、後進育成とかあんまり考えなかった質だろ?」


「心境の変化だ。俺も日々老成している」


「良いじゃん頑張れよ。その道に幸多からんことを願っとく」


「フッ、柄にもねぇことを。なんだ、もう行くのか?」


「ああ、死ぬまでにやっておきたいことがあるんでね。心残りは無くした方が良いだろ? その為にちょっくら世界を旅してくる」


「そうか。当てはあるのか?」


「んー、そうだな……よし決めた。目指すは黄金の国!」


「フハッ、そりゃお伽噺だろう? 相変わらず飽きねぇ野郎だ。楽しめよ十分に」


「おう、お前もな」


 2人の男は、右こぶしを差し出してコツンとぶつけ笑い合う。そんな光景を眺めていた俺の意識は、後ろに引っ張られるように浮上していった。





 学園生活15日目。俺達は学園を離れ、馬車に揺られていた。意識を覚醒させて目を開けば、目の前には豪快に笑う老人が座っている。


「ガッハッハ! 何だその顔は。変な夢でも見たか?」


「……まー、そんなとこです」


 なぜこの老人、学園長と共に出掛けているのか。それは、昨日まで話を遡る必要がある。






 場所は学園内訓練場。俺達8人でリル先と模擬戦をして、()()()()()を使ってリル先をボコボコにした後の昼下がり。俺達に対して、随分と背の縮んだリル先が憤慨していた。


「無いわー! ソレは無いわー! 模擬戦で趣旨ガン無視の集団リンチとか無いわー!」


「フハハハ! 何でも有りつったのはリル先ッスよぉ! 大体鉾盾戦でもこの戦法を使うんスから問題は無い筈なんですわぁ!」


「俺が言うのも何だけどコレ駄目じゃない……?」


「むぅ、微妙な所だな。あまりにも趣旨を無視しすぎている。確かに、この戦法を実戦で使う場合もあるだろうが……初見殺しがすぎる。欠点を突かれる可能性も低い、となると相手方から抗議されるだろうな。学園長の判断次第ではやり直しもあり得る」


「も、もしかしてですけど……これ、私が教え込んだ結果みたいに受け取られたり……?」


「残念ながら十中八九そうなるだろうね。よくもまあこんな作戦をやってみようなんて考えたものだ。流石のボクでも、思いついたとて多分やらないぞ」


 思わず視線をサッとズラす。千冶とヘーベ、師匠を除き、考案者のオレ含めた5人とカラマス先生がいたたまれない気持ちになってる時点で、この戦法は割りと駄目なんじゃないかと思う。

 そんなこんなでワチャワチャしていると、遠くの方から凄まじい勢いで此方に飛んでくる物体を感知した。


「……2歩後ろか?」


「3歩ぐらい下がっとけば良さそう」


「? どうした2人と──」


 響き渡る衝撃音。空中に舞った土埃を魔法で吹き飛ばすと、そこにはニヤニヤとした学園長が立っていた。呆気に取られている此方に軽く挨拶を済ませれば、学園長はリル先の目の前まで歩き、ポンポンと頭を軽く叩き笑う。


「よぉ、見ねぇうちに随分とちんまくなったな」


「何のようですか学園長」


「なに、ちょいとばかし依頼をしにな。カルミア側にだけ依頼すんのも不公平ってもんだろ?」


「ああ、道理で最近彼方側の姿が見えないと思ったら……それで依頼とは?」


「ああ、俺が生きてる間に()の墓参りをしたくなってな。其処までの護衛だ」


「はぁ、それで何処まで──」


「ウスト村だ」


 リル先はその言葉を聞いてピタリと動きを停止させた。気のせいかもしれないが、どこか空気が変わった気がする。師匠とリル先の様子から察するに、ウスト村に因縁浅からぬソレがあるのは確実だろう。数秒の間をおいて、リル先は静々と頷き了承する。


「──わかりました。日時はどうします?」


「明日」


「りょうか……は? 明日?」


「おう、鉾楯戦まで時間もねぇだろ? だから明日出発するぞ」







 そんなこんなで生徒置いてけぼりの状況のままウスト村へと出向いているというわけだ。馬車に揺られて暇な俺は外の風景を眺めたり、師匠から貰った勇者の冒険譚を読んでいる。横には何かを調合しているぺオンさんと、微動だにしないリル先。目の前では学園長が爆睡しており、なんとも長閑な時間が流れていた。


「ウスト村までどれぐらいかかるんでしたっけ?」


「大体急ぎで2日ぐらいだな。それまで暇だろうが、まァ休暇として楽しんでくれ」


「往復4日ロスする感じですか。休暇と言っても暇潰しがなぁ、ぺオンさん何か持ってたりします?」


「お、それでは少し薬学についてお話しましょうか! まず今調合しているコレは痛み止めの作用があるのですが、副作用として眠くなってしまうんです。ですがその────」


 しまった藪蛇だった。こうなると長いのだが、まあ良いか。得ていて損のない知識ではある……が、ちょっと早口すぎませんかねぺオンさん。そんな様子を見ていたリル先が(お前やったな)みたいな顔を、いや仮面だけれども、そんな雰囲気を醸し出している。えー、これ俺の所為ですか。






「ええー! たった8000人で30万を超える軍隊と戦い抜いたんですか……!」


「ああ、スパルタって脳筋国家は戦闘民族ばっかでな? エノーモティアってファランクスの最小単位があるんだが、他が25ちょいぐらいなのに対して、なんと36人でやってのけてんだ。まさにその連携力は見事という他ないだろう」


「ほう。先に言っていた隘路での後退戦術というのも、ソレあってのモノか。確かに回り込まれる危険性はあるが、時間稼ぎとしては良い戦法であろうな」


「あの映画の元となってる話か。あれ見ごたえあったよな、折角なら皆にも見せたかったぜ」


「おお! 映画というのは今僕たちが見ている景色をいつでも見返せると噂の……! そ、それは一体どんな原理なんですか!」


「あー、そいつは残像効果っていう────」


 ワイワイガヤガヤと、狭い馬車の中で各々好き勝手に話し合う青少年達。

 思いの外話題の尽きないようで、賑々しい会話は竜車が止まるまで収まることは無いだろう。


 そのような一方で、もう1つの竜車内では──







「むぅ、何故そんなにもマナ出力量が微量なんだ。もはや0と言ってもいい、その上保有量はボクよりも多いなんて、一体どんな──」


「つぁ、ツァイトさん。シクリィちゃんが嫌がってるのでその程度で……」


「おっと、それはすまない」


 ツァイトはムニムニと触っていたシクリィの腕を離すが、いつも以上に死んだ目をした彼女の表情は変わらず、身体も石像のように動かない。だが、怒っている訳ではない。ただ心ここにあらずといった様子だ。


「どうしたのかしら、いつもより元気が無いようだけど……もしかしてお腹の調子でも悪いの?」


「……ディア。君がそういう意味を込めて言ってないのは分かるが、勘違いされてもおかしくない発言だぞソレは」


「? ……っ! ち、違うわよ! ただ、いつもと様子が違うから心配になったの! 今朝だってチヤからシクリィがパンを4つしか食べてないって聞いたのもあって──!」


「ま、まあまあ。シクリィちゃんもそういうのは分かってますから……多分、今は村について色々と考えているだけだと思いますよ」


「ああ、ウスト村といったか。調べたはしたが、これといって特徴のない村だと思うが……そんな格好をしているのにも関係があるのか?」


 ツァイトはシクリィが着ているブカブカのローブを指差しながらそう問いかける。彼女が着ているそれは、普段の動きやすい服装ではない。全身を隠すように覆い包んだフード付きのローブを身に付け、頭には仮面を斜めかぶりしている。それはまるで、自身の姿を隠すような装いであった。

 ツァイトの質問に彼女はコクりと頷き、静かに、それでいて何処か遠くを眺めるように竜車の外を見ながら話し出す。


「ウスト村は、私と兄さんが育った場所」


「なんと、故郷だったのか。しかし、それとその格好は何の関係が──」


「4年前、私と兄さんは、村から追い出された」


 和やかだった空気が凍りつく。その声は機械的に、淡々と事実を言っているようだったが、何故だかどこか、震えていた様な気がした。



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