異世界でも病気は怖い
幼馴染みと合流した後、色々あって1時間が過ぎた頃。俺はとある一室で、ローブを深く被った男を前に覚悟を決めて目を瞑る。暗闇の中で、腕の肩に近い場所を、男に何度もなぞられる感覚を味わう。それが一度離れたかと思えば、再び男の手が俺の腕を押さえた。そうして無限に等しく感じる時間が流れ──前触れなく、プツリと肌が突き破られると共に激しい痛みが俺を襲う。冷たく鋭いソレが皮膚を貫き、何かを体内に打ち込まれる。数秒後、用は済んだとばかりにソレは引き抜かれ、痛みの中心に植物の葉を押し当てられた。
「はーい、もう大丈夫ですよ~。今から30分ぐらいは安静に。あ、それと今日は激しい運動を控えてくださいね~」
「……あざした」
「うん、お疲れ」
「おつかれさん、それ結構痛いよなぁ」
「結構どころか、思ってた六億倍ぐらいは痛かったんだが。まさか生きてる最中にこんなゴツいヤツを打たれるとは思ってもみなかったぜ……」
「そのピストン式注射器はオレらの時代じゃ珍しいからな。確か、発明されたのは大体1800年代ぐらいだったか? というか今気づいたが、高々5世紀程度の文化水準なこの異世界に血液循環説とかあるんだな」
「5世紀ってーと……日本じゃ古墳時代ぐらいか? えっ、なんで作られてんのコッワ」
「多分だが、オレら以外の異世界から来た人間が色々と伝えたんじゃねぇの?」
「あーね……ん? え、俺達以外にもいんの!?」
「わりといるぞ。だがまあ今のところ、100年に1人居るかどうかぐらいだがな。記録に残ってる限りだが、一番直近に来た人ですら60年以上も前らしいし」
「はぇー」
なんて呑気に雑談をしているこの場所は、冒険者兄妹&千冶達が泊まっている宿屋の一室。目の前に座るローブで全身を覆った男はぺオンさん。冒険者兄妹の友人である医者だそうで、俺達のような異世界から来た人間のためにワクチンを作った凄い人らしい。この時代にワクチンなんてどうやって作ったのか、そもそも打つ必要あったのか。そこら辺を疑問に固いベッドに腰かけて思案していれば、先程野暮用で離れると言って何処かへ出掛けたエイリルさんが部屋に入ってきた。
「実感が薄いようだが、お前達は違う世界に来てるんだ。如何に世界が似通っていようが、全く同じウイルス・細菌・真菌しか居ないとは断言できん。予防しとくに越したことは無いだろう」
「帰ってきて早々ナチュラルに思考盗聴すんの止めてくれます?」
プライバシーの概念は無いのだろうか、無いんだろうね。
「そういやリル先、読心魔法なんてのも使ってましたね。すっかり忘れてましたけど」
「マナが殆どない奴にしか使えん産廃魔法だがな。鉱簾も多分日ぐらいしたら身体にマナが回って完全に読めなくなると思うぞ。今でも若干ノイズがかってるし」
あ、なんか聞いてる感じ思ったよりショボそうな魔法だった。にしてもマナとな、MPとか魔力とかそういう奴か?いやぁ、やはりこういうワードが会話に出てくると中二心を擽られてテンションが上がるわ。この非日常感、たまんねぇ!もし出来るのならば、俺も早く魔法使いたい……やはり覚える為には瞑想とか必要なのだろうか?
「相変わらずリル先の魔法って微妙なの多いッスね」
「やかましいわ。ったく……すまんなぺオン、急に呼び出しちまって」
「いえいえ~。それにしても、ここ数ヵ月の間に異世界から何人も迷い人が来るだなんて、偶然にしてはこう続けざまだと色々と勘ぐってしまいますね~。やはり何かしら原因でもあるんでしょうか?」
「……まァ、そこら辺を調べつつコイツらを元の世界へ戻す為の情報集めとか、遠出の準備とかその他諸々しなきゃなんだがな。2人目が来てしまった以上、そう悠長にもしてられん」
「うん、次の被害者が出る前に止めないと」
「ま、そういう訳で鉱簾。お前さんにゃ今日から1ヶ月間、この世界に適応して強くなってもらう必要がある」
「……なるほど?」
若干要領を得ない会話に、俺は頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。その様子に気がついた千冶は、俺に分かりやすく解説をしてくれた。
「お前に分かりやすく言えば……そうだな、あれだ。アニメとかでよくある修行パート。筋トレとかの体力作り、後は魔法覚え「魔法……!」──るとかだな。あー、リル先。その間、オレはどうすりゃ良いッスかね」
「そうだな……鉱簾は暫くシクリィに面倒見てもらうとして、千冶はいつも通り冒険者ギルドで依頼を受けとくれ。依頼が無い日、それか依頼日の翌日は、鉱簾と一緒に鍛えながら回復魔法を掛けるように」
「──ウス、了解です」
うん?なんか今、千冶の奴が俺を哀れむような顔してたような……いや、そんなことよりも修行パートとな!ああ、なんて良い響きだ。そうだよな、やはり強くなるためには必要不可欠なモノだ。まぁもっとも、俺は最初から最強系主人公ムーブをしてみたい派でもあるのだが……残念ながら俺にはそんな優れた能力は無い。しかし、しかしだ!努力して強くなることにも意義があると俺は思う!ふははは!さぁ、早々に強くなって俺TUEEEしてやる!ふは、ふはははは!
「ああ、そうだ。お前さんにゃ渡しとくもんがあるんだった」
「ふはは……へ? うぉっとおもォッ!?」
俺が心の中で妄想にふけていると、エイリルさんが今思い出したとばかりに、何処からか中身の入った巾着袋を取り出す。それを此方に投げてきたため、咄嗟にキャッチしたのだが、思いの外重く驚いた。
何が入っているのか気になって、袋の口を緩めて中を確認すれば、そこには液体の入った大きな革袋や、意匠が施されたペンダントに、手触りの良い布……いや、これは服か。その他多種多様な小物が入っている──あ、それと袋の奥に仄かに輝く色とりどりの小石が入っていた。なにこれ?
「革の水筒と着替えの服、香水とかの日用品……それとギルド証のペンダントだ。ペンダントは掛けておけ、身分証明代わりになる。そんで気になってるカラフルな石は魔具と言ってな、握って念じれば魔法が使える石だ」
「まじすか!」
「おう、紫色のは遠隔で話すことが出来る石、青は飲み水が出て、赤は火が。緑が怪我を治せて、白がその場に大きな音と強い光りを出す。そして黄色はお前を守る透明な盾が出せる。必要な時に応じて使え。ただ、何度も使える訳じゃないから使いすぎには注意しろ。もし使ったら、ちょくちょく私に渡してくれ。マナを込めてまた使えるようにする。お前さんらの世界にあった電化製品と同じようなもんだ、比べりゃ幾分かコスパは悪いがな」
「おお……なるほどぉ!」
「まァ、そんなもんか。おし。渡すもん渡せたし、私はやることがあるんでまた出掛けてくる。ぺオンも重ね重ねになるが助かった」
「いえいえ~、是非また呼んでください。それじゃあ私も御暇しますね。お大事に~」
「ん、ありがとう」
「うす、ありがとうございました」
「どうもありがとうございましたぁ……!」
ぺオンさんとエイリルさんが部屋を後にする姿を見送り、多種多様に光輝く石をニマニマと眺める。ヒャッホー!これが魔法を使える石か。これがあれば、フフ、フフフフフ……
「コーレン、大丈夫?」
「ああ、気色悪ィ顔してますけど、あれがアイツの平常運転なんで気にしなくて良いッスよ」
「あのなぁ、人様の顔に気色悪いって言うのはやめてくれ。つーかこんなもん渡されて男子高校生がテンション上がらないわけないだろ!?」
「……まあ、気持ちは分かる」
「そういうもの?」
「そういうものッス」
「そういうもんなんです! うへ、うぇへへへ……あイッだぁあ!?」
俺が石に見入ってると、突如右腕に途轍もない痛みが走り、意識は現実に戻される。なんじゃあ今のくッそ痛いの!?
「すまんな、オレがやった」
「……ナニイマノ」
「回復魔法」
「ウッソだろ、回復魔法というより呪いの類いじゃねぇか」
「あー、言えて妙ではあるか。回復魔法つっても、抗体出来るまで状態を進めただけだしな」
「回復魔法とは一体……? 全く、それにしたって痛くする必要はなかろうに。
え、マジでオレの様子が気持ち悪かったとか?」
「そういう訳じゃ……ないわけでもないが、別に意図的じゃない。説明すると、オレが使える回復魔法にも大きく2種類あってな。1つは怪我を無かったことにする場合、これには怪我を巻き戻すだけで痛みが殆どない。けど、もう1つの完全に治るまで状態を進める場合。これは治るまでに感じる筈だった痛みを一気に味わう事になる」
えー、不便。つまりはあれか、怪我したところが治るまでのズキズキとかを一瞬で味わう訳だ。治す度に一々痛いのは嫌だな……ん?それって──
「──なぁチヤよ。ちょいと聞きたいことがあるんだが」
「おう、なんだ?」
「鍛練に回復魔法を使うって話だったよな?」
「……そうだな」
「筋トレって要は筋繊維をブチブチにして治すわけだ。そんで筋肉痛ってのは……治るまで数日掛かるし、その間結構痛いよな?」
額から顎に汗が流れ、信じたくない嫌な想像がチヤの仕草で真実味を増す。嘘だと言ってよ千冶!そう目で訴えれば、優しげな表情で肩をポンと叩かれた。
そんなまさか、ええい冗談ではない!今の治しただけでアレだぞ!?
「オレも通った道だ。頑張ろうな、鉱れ ──「嫌だーーッ!」──うるっせぇ!」




