世の中案外狭いもん
「リル先って休日なにしてんの?」
鉱簾が5日間の休養を終えた後の休日。部屋でくつろぐ師匠と千冶にそう質問する。俺がこの世界に来て、師匠とリル先のお世話になってから、かれこれ1ヶ月は経過した訳だが……思えばリル先のプライベートとか全然知らない事に気がついた。俺は千冶や師匠と休日を一緒にすることが多いが、リル先とは魔法を教わる程度の付き合いしかない。なので、ふと気になり、俺よりも付き合いの長い2人に問いかけたのだ。
「さぁ?」
「知らない」
「千冶は兎も角、師匠もか……今は分からずとも、幼い頃とかはどうしてたんです? ふと気になったもんで」
「本読んでたり、書いてたり。森に出掛けたり、トレーニングしてたり、魔法の練習やってた。あと……マザーの手伝い」
「マザー?」
「うん。孤児院のオーナーで、私とにーちゃ……兄さんの親代わり。洗濯とか、料理とか、雑事を手伝ってた」
「なんというか、昔からストイックですね」
「うん。村の人達とも、あんまり馴染んでなかった」
孤児だったんだ なんて言葉を抑えて感想を言う。千冶の反応からして、アイツも初耳だったのだろう。わりかし衝撃的な事を知れたが、それはそれとして……今はどうなのだろうか。
別に悪い人ではないのだが、良くも悪くも秘密主義的な人なのだ。仮面の下の素顔でさえ、俺は見たことがない。人間、知らないことを意識した途端、無性にそれを知りたくなる生き物である。と、いうわけで──
「いやぁー、もはや実家のような安心感だな」
「お前の実家ヨハネスブルグかよ」
リル先の痕跡を辿り、宿屋からスラムに場所を移す。暇だった5日の間に色々試した甲斐があった──というのも、休養していた最中の話だ。何の気なしに目の前の光景を集中して見れば、なんとマナが可視化出来たのである。俺はそこから発展させて、追跡魔法を編み出した。人が生成するマナには……こう、上手く言い表せないが、色のようなモノがあるのだ。この世界の人は、生み出したマナのごく一部を体外に放出している。その微かに出ているマナを辿り、探し人を見つけ出す魔法である。
「便利」
「他のマナが邪魔にならんのは……カクテルパーティー効果みたく、脳が不要だと判断した情報をシャットダウンでもしてるのか? 原理が気になるな」
「よく分からん。やってみたら出来た!」
「……その考えで良いのかもしれんな、うん。魔法って万能なもんだしな」
難しいことはよく分からないが、出来ているのだから良いじゃんの精神である。分かっていたら安心して使えはするのだけどね。閑話休題、それにしてもリル先がスラムに何をしに来ているのだろうか。勝手なイメージで図書館とか行ってそうとか思っていたので、結構意外だ。
相変わらず騒がしいスラムを歩いてゆくと、心なしか身なりの良い人が増えてきたような気がする。それに薬のような、花のような、そんな匂いが漂ってきて、少し違和感を覚える。確かに、スラム地区の中心からは離れていってるのだが……
「……変な匂い」
「それに、なんか雰囲気も変わってきましたね。千冶、解説頼む」
「オレを検索エンジンみたく扱うんじゃねぇ。まあ、ここに関しては何となく察しはつくが……」
む、千冶の様子が妙だ。どこか複雑な表情へ変わり、歯切れが悪い。どういうことかと聞こうとしたその時、リル先とは色の違うマナが、薄暗い路地から異様に流れ出ていることに気がついた。同時に、師匠がその裏路地へ向かって超スピードで走り出す。それに何とか反応し、師匠を追って現場に向かえば、そこには一際身なりの良い血塗れの青少年が、息を荒くして壁を背に座り込んでいた。
「え、はっ!? か、回復魔法かけましょうか?」
「……いや、気持ちはありがたいが不要だ。ただ、もし使えるのであれば水を出してくれるかね。このような姿では、大通りを歩けないのでな」
「あっはい」
言われた通り、ぬるま湯をかけて血を洗い流す。どうやら血は止まっているようだが、それにしたって一体何が?一応大方を洗い流せたので、手持ちのタオルを使って水を拭き取れば……ん?この人どこかで見たことがあるような。
「手数かけてすまんな、心優しき者達よ。私の名はヘーベ・ユリウス・イキシア、イキシア家の嫡男である。魔法使い、それも無詠唱とは……いや、深くは聞くまい。マナが枯渇して困っていたのだ。助かった、ありがとう」
「いえ……それで、一体全体何があったんです?」
俺がそう聞くと、数秒の逡巡の後に彼は淡々と答え始める。
「……罪の、清算をしていたのだ。我が愚弟が、多くの民を殺害した。父上は、権力をもってその事実を揉み消したが、残された者には、確かに永遠に癒えぬ傷が残った。私がいってどうなることもないがね……愚弟に被害者を聞き出し、その親族へ謝罪をして回った結果だ」
思った数億倍ぐらい重い事情があったぁ……!俺こういう空気苦手なんだよな……藪蛇をつついてしまったことを後悔しつつも、なんとか返答をしようと言葉を捻り出す。
「それは……その……」
「ああ、突然このような話をしてしまってすまない。気にしないでくれ。それよりも礼をしなくてはな。何か望むものはあるかね?」
「……ある?」
「無い」
「それオレらに聞いてくるか普通……元の世界に帰るための情報集め支援とか?」
「あー、有り」
「──元の世界? 君達は……む、もしや貴女はシクリィ嬢?」
「今更」
「失礼。血を流し、意識が朦朧としていたもので……2年前のお姿とお変わりなく」
「不服」
「知り合いッスか?」
「うん。昔兄さんが働いてた魔法学園の生徒」
「魔法学園……ホグワー 「あー、魔法学園か。聞く話によれば、確か貴族養成学校みたいな」 へー」
急に食いぎみになるやん、どうした。
「……なるほど、そういうことか。師、エイリルさんに話を聞いてるとばかり思っていたが、その様子では何も聞かされていないのか」
「リル先から? ……あ、そうじゃん。俺達リル先を追ってこんな場所まで来てたんじゃん。すっかり忘れてた」
「そうか、それは都合が良い。この後、師と待ち合わせをしていたのだ。同席してはどうかね」
「おお、願ってもない。それじゃあ、お言葉に甘えて」
そうして、ヘーベさんに案内されるがまま、大通りを進んで行く……のだが──
「……甘ったるい」
「香水ですかね。薬っぽいというか、随分キツイ……」
「……ここは《《そういう》》店が多いからな、しゃあない」
「そういう店?」
「知らんくて結構。もっかい藪蛇に喧嘩売ってどうする」
よく分からないが、知らない方が良いというのは分かった。とはいえ、リル先はこんなところで何を……
「なんか人集りがあるな」
「うむ、場所は確かに此処なのだが……」
「女の人が沢山」
大通りを歩いれいれば、少し開けた場所に出た。その広場の真ん中に、簡易テントのような部屋が置かれ、そこに女性が入っては出てを繰り返していた。リル先のマナはテントの中から放出されており、間違いなくそこに居るのだろうが……
「ようやく捌けてきたか……あれは、ハルピュイア種? 珍しいな」
待つこと数分。テント前の人集りが消え、テントの中から鳥のような人間……所謂ハーピーみたいな見た目の女性が出てきたと共に、テントは縮小してゆく。そうしてテントの中から最後に姿を現したのは、ローブで全身を隠した不審者の2名……ぺオンさんとリル先だった。どうやら彼方も俺達に気がついたようで、ズカズカと歩いてくる。
「おや皆さん、また会いましたね~」
「よぉ。なーんでお前らまでいるんだか……まァ手間が省けたと考えるべきか?」
「いやぁ、野暮用で……それにしても、こんなところでリル先達はなにしてたんです?」
「……彼女達が未受精かどうかの検査だよ。定期的に良心価格でやってる」
「あー、そういう。なんか安心したような、そんなことしてんだって感じで驚いたような」
「「?」」
「お二方にはまだ早いかもしれませんね~。そうだ、貰い物ですけど飴ちゃん食べます?」
「「食べる!」」
「お前らね……」
久々の甘味に心踊らせ、口に含む。鼈甲飴みたいな感じで旨い……いやぁ、やっぱ甘いもんって良いよなぁ。そうポヤポヤと呑気にしていれば、ヘーベさんは真面目な顔でリル先へ問いかける。
「それで師よ、お話というのは?」
「ああ、そうだったな……私からの協力要請だ。魔法学園への一時的な復職、及びコイツら3名の一時的な編入を求める」
「「「え」」」
「分かりました、掛け合ってみます」
「それと──学園に突如現れたという紅藤 葵という少年についても調べてくれ」
「「──はぁーーーーーー!?」」




