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闘争


 目の前にいる極悪人面男の眼を、じっと見つめる……さて、どうしたものか。時間を稼ぐと言っても、実際のところノープラン。アドリブでやるにしろ限度がある。

 幸か不幸か、敵方の増援は来ないだろう。じゃなきゃ敵の総大将がたった1人で此方に会いに来ている意味が分からん。普通は護衛をつける筈だ。

 深呼吸をして、気持ちを多少なりとも落ち着かせる。そして、頭の中に浮かんできた言葉を、そのまま口に出す。


「……戦う前に、聞かせてくれ。お前は、悪魔に何を願ったんだ?」


「あ? そらお前、一生老いねぇ肉体だよ。その代わりに俺は長年一緒に戦ってきた友と、何かの記憶を失った。おっと、勘違いするなよ。別に後悔はしてねぇぜ? 人はいずれ死ぬ。記憶も薄れ消える。そりゃ自然の摂理ってもんだ」


「じゃあ、その摂理に抗ってまで、お前が老いたくない理由は?」


「そこまで聞いてくれるとは嬉しいねぇ。そいつぁ、俺が満足するまで戦い続けるためだ」


「お前、戦闘狂ってやつか。理解に苦しむな」


「無理に分かろうとしなくて良いさ。手前の勝手に定めた解釈で語られるのも煩わしいしな。人間なんだ。必ずしも理解できると思わんことだ。おっと、坊主にゃちぃっと難しかったか?」


「……それじゃあ、後学の為に教えてくれないかな。俺としては、ただ痛くて苦しい行為に、人生を捧げてるアンタが不思議でしょうがない」


「……ク、クハッ、ハハハハハ! はぁー、お前面白い奴だなぁ。時間稼ぎするにしても、もうちょいマシなトークデッキ用意しとけや。俺が痺れきらして突然襲い掛かってきたらどうする気だよ」


 げっ、狙いバレてーら……その上ダメ出しまでされるとは思わなんだ。そもそも、話し合う気なんて更々なかったし。なんなら、お前見つけたら一旦退却してから作戦立てるつもりだったんだよ!なんて本心を隠して無言を貫く。


「まあ良いか。ここは一つ、平和ボケした坊主に教育といこうじゃねぇか」


「それならお手柔らかにお願いした──そりゃ無理だよなッ!」


 会話の最中、男が瞬時に姿を消したのを見て、当て勘で攻撃を防ぐ……が、あまりの衝撃に身体が吹き飛び、壁に叩きつけられた。なんとか体勢を立て直そうとするが、その時間さえ与えられずに距離を詰められ、全身に数十発の打撃を食らう。

 なんとか反撃しようと苦し紛れに頭突きをするが、頭を掴まれそのまま放り投げられる。あっぶない、マナで強化してなかったら間違いなく数回は死んでた……!

 一発一発に此方を殺そうとする威力が込められている。下手な事をした瞬間、俺は速やかに命を落とすだろう。なんとか攻撃を捌きつつ、隙を見て反撃しようと動くが……これ駄目だ。隙見つける前に、俺が死ぬ。


「──それで、感想は?」


「な、にが……!」


「闘争の感想だよ、俺はこの瞬間が堪らなく好きでね。この痛み、命を取り合う緊張感、相手よりも優れている優越感! 何よりこの快感! まさに、生きてるって感じがするだろう?」


「な、に言ッてんのか、分ッかんねぇ……! 話すのか戦うのかどっちかにしろ……! シングルタスクなんだよ俺ァ!」


「じゃあ闘おう!」


「会話がよかったな……!」


 男の攻撃が次第に激しくなり、もろに受けることが増えてきた。相変わらず魔法も魔具も使えない。一応、体内のマナで身体能力を強化できることは幸いか。とはいえこれ以上は──


「──がッ……ゲホッゲホッオ"エ"ッ」


 マナ強化が薄い場所に当たった打撃によって、俺は体勢を崩して倒れ込む。相手が温情を掛けてくれる筈もなく、チャンスタイムとばかりに俺を滅多打ちにする。骨が折れ、飛び出し、血と吐瀉物が空を舞う。次第に感覚が薄れ、目蓋が重くなり……目の前が真っ暗になると共に地面へ頭から倒れ込んだ。


「……ま、甘ちゃんにしては頑張った方じゃねぇの?」


 いくら、握り込んだ魔石に念じても、返事は返ってこない。助けは来ない。真っ暗闇の世界で、此方へ近づく足音が、徐々に、徐々に大きくなる。そしてピタリと近くでその音が聞こえなくなって──


「ウッソだろ。なんで、その状態で反撃できるんだよ」


 なんとか起き上がり、右手の握り拳で男へ殴り掛かるが、ひょいと避けられ、呆れたような声色で俺に何か言ってくる。全身が痛い、動きたくない、力が入らない。それでも……!


「──『気合』……!」


「それで済めば俺は驚いちゃ──ッおま……ッ!」


 再び、右拳を男へ叩き込む……その直前、自分自身を限界越えて強化させる。

 マナ強化は出来て、魔法は使えない。なら、何かしらの法則がある筈だ。だから、戦いながら試していた。その所為でガードが甘くなり手痛い連撃を食らったが……でも、おかげで分かった。回復魔法は使える。マナ強化も使える。けれど、光線を放ったり、コンクリ生み出すのとかは出来なかった。マナは消費してんのに、生み出せない。多分だけど、体外にマナを出したら消えてしまうのだろう。であるのならば、体内で魔法を使えば良い。

 魔法はイメージだ。俺の身体を、より固く、より強く。拳の勢いを凄まじいものに……!

 握り拳の中にある幾つもの魔具は、魔石を改造したもの。だから今は、そこから全部のマナを徴収して、強化に回す。


 男は俺を侮り、ノーガードで拳を受けようとしていた。だからこそチャンスは今しかない……!


「『根性』!」


 今までのお返しとばかりに、全力以上の力で男を殴る。もろに打撃を受けた男は、くの字に吹き飛んで裏路地から大通りへ。スーパーボールのようにバウンドする。しかし流石は手練れ、しっかりと受け身を取って衝撃を最低限にした……けど、大通りには、意識を失った大の男を引き摺っている黒髪の少女が1人。

 見たことのない、怒気満面の顔つき。小さな全身から漏れでている場を埋め尽くすマナが揺れ動き、師匠は飛び出してきた男に対して、猛攻を開始した。良かった、これで……


 マナを使いきったからか、気が抜けたからか。それとも、血を流しすぎたか……全身から力が抜けて意識が朦朧とする。そして抗えぬ睡魔に打ち勝とうと──








 ──気がつけば、俺は固いベッドに横たわっていた。身体を起こそうとするが、ダルく全身に力が入らない。なんとか首だけを回し、周囲を観察する。其処は空のベッドが並んだ場所だった。分かることと言えば、窓から入ってくる夕焼けの光が部屋を照らしているぐらいで……ここあれか、診療所みたいな──


「起きました?」


「ヒッポカムポス!?」


「なぜ驚愕の声がその言葉なのかは分かりませんが、意識はハッキリしてますね。良かったです」


 突然話し掛けられ驚き、急いで顔をそちらに向ける。聞き馴染みのある声の主はローブを深く被った男だった。


「あー、ペオンさん、でしたっけ?」


「はい、ペオンですよ~。どこか痛むところや違和感はありますか?」


「えーっと……全身ダルくて力ぁ入らんです」


「栄養不足ですね。食事を用意してますから、其方食べて待っててください。今、シクリィさん達呼びに行きますから」


「あ、ども」


 味の薄い麦粥を食べながら部屋でボーッとする。多分俺が此処に居るということは、なんとかなった……のか?

 そうしていると、遠くの方からドタドタと近づいてくる音と気配が3つ……いや4つか?


「「「コーレン」」くん!」


「仲良しかよ」


 チヤ、師匠、エルドさん。別に逃げやしないんだから走ってこなくても良いのに。


「心配掛けたみたいで、すんません。それで依頼はどうなりました?」


「ああ、それなんだが……」


 エルドさんが代表して俺に話し掛けてくる……が、なんだか歯切れが悪い。嫌な予感がしつつも、次の言葉を無言で待っていれば師匠が引き継ぐように声を発した。


「ごめん、逃がした」


「逃が……え? 師匠が!? あの師匠が!?」


「うん」


「……奴等、想像以上に組織としての規模がデカかったんだ。今回の襲撃ですら実行犯は100を超えていた」


「ひゃっ……」


「……すまなかった。俺の掴んだ情報と違い、奴等はそれ以上の一派になっていたんだ。事前情報が誤っていたこと、弁解のしようもない。お前達を危険な目に──」


「ああいや、別に頭下げんでも。俺この通りピンピンしてますし、エルドさんもその情報を信じていた訳でしょう?」


「いやしかし……」


「気負わないで下さいよ。そういえばその一派って、今何人ぐらいになってるんです?」


「まだ調査中だが、少なくとも200は居るだろう。それに、どうやら賊共も加わっているようだ。まだ増えるだろう」


「え"っ……」


「だからギルドや衛兵、騎士団も潰すために動くってよ。もしかしたら国を挙げて潰すことになるかもな」


「えぇ……」


「……君達には、提示していた報酬の他に追加で支払わせてもらう。が、此度の件、謝罪してもしきれん。もし何か困ったことがあればコイツにマナを込めてくれ。いつでも駆けつけよう」


 エルドさんそう言って、羽の生えた山羊にバツがつけられたエンブレムを渡してくれた。聞く感じ位置を知らせる魔具だろうか。その後は何気ない会話をしてこの場は解散となった。





 真っ暗な部屋で横たわり、1人考える。今回、俺は完全に足手まといだった。もしあの場に居たのが俺でなく千冶だったのならば、もしかしたら依頼を解決できたのかもしれない。

 この世界は、俺達の世界と比べ、不便で危険で、死が身近に存在する。何かを成すためには相応に力が必要だ。元の世界へ帰るために、やらなきゃいけないことは沢山あるだろう。


 だから力を……違うな、そうじゃない。そんなことじゃない。

 それは、この気持ちを取り繕うための詭弁に過ぎない──悔しいんだ。なんだかんだ、この世界に来てから上手く行っていたから。だから、負けて、心配させて、守ってもらって、悔しかった。


 もっと、強くならないと。




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