プロローグ
俺の心境とは真反対に天気は快晴。中世ヨーロッパ風の町並みを太陽が煌々と照らしている。俺の視界に映るのは、凹凸のある石畳。そして、そんな道を踏み進む異文化風の人達だ。
ああ、身につけた衣服が毛羽って痛痒い。はぁ、1日前に着ていた制服から随分と落ちぶれたものだ。空気中を漂う不快な異臭が鼻につくものの、生憎ながら今の俺には対処の仕様がないので仕方なく途方に暮れる。何故俺はこんな目にあっているのだろうか。木の檻を背もたれにして、ぼんやりとそんな事を一人思いに沈む。
「────あ?」
ふと、道を行き交う西洋人顔の中に1人だけアジア系の奴を見つけた。黒目黒髪に何処か見慣れた顔付き。いやしかし……無いな、うん。まさかアイツがこの世界に居るわけ無いとそんな考えを一蹴する。それにだ、アイツはあんな筋肉モリモリマッチョマンなんかじゃあ……いや、なんかアイツこっち見て口あんぐり広げてるんだが。え、うわ、近づいてきたし、まさかマジか、マジなのか。
曇天だった心に、光輝く蜘蛛の糸が垂らされたような、そんな高揚感。思わず泣きそうになりながら、13年来の友人へ一言声を掛けるべく口を開く。
「た、たっけてー! チヤえもーん!」
「おま、お前、なにがどうして……んな事になってんの?」
「うぅ、きいちょくれや。そう、あれは2日前、教室に入る前のことやった──」
季節は春、心踊る新学期の初登校日。
今年こそは彼女を作り、薔薇色の青春を謳歌するぞと決心し、身嗜みを整えて登校した。春休みは幼馴染みーズの野郎共としか会ってなかったものだから、久々に会う母親以外の女性に心踊らせながら、賑わっている教室へ足を進めれば──なんの脈絡もなく、空気が、場所が、景色が、全てが変化したのだ。
「……はい?」
目を丸くさせながらパチパチと瞬きを繰り返す、この現実離れした状況を何とか呑み込むべく整理──いや、無理無理無理!なんだこれ!?
あんまりな状況に理性と感情が爆発する。仕方がないだろう、まるで訳がわからんのだから。ぐるりと辺りを見渡せば、青い空に白い雲、澄んだ空気に青々とした草原。そして一向に見当たらない人工物!マジでどこだ此所。
勢い任せにせず、改めて状況を整理する。うーむ、草原というより広野だろうか。少し乾燥している……が、俺が知る限り日本にこんな場所はないと思う。うーん分からん!もし、この場に千冶が居たならば、蘊蓄混じりに色んな推論を教えてくれそうだが……残念ながら今草原に居るのは俺1人だけだ。
「どうすんだこれ」
ええと、こういう場合動かない方が良いんだっけか?
……ええい!こんな異常事態にセオリーとか知ったものか!これ以上考えていても状況は進展しないと結論付け、前へ前へと進んでゆく。そうして暫く歩いていれば遠くに黒い影が見えた。ようやく見つけた異物に興奮して、走り近づけば、それが馬車だと分かる。しかも周りには中世風の格好をした強面のおっさんや、大剣を身につけた狼男が居たのだ。その時、俺は直感した。これ、異世界転移ってやつじゃね?と。
止まぬ興奮をそのままに、ドンドン彼等へ近づいてゆく。そうしていれば、どうやら彼方も俺の存在に気が付いたようで、彼等は笑顔を作って俺を迎えに来てくれた。近づいてきた彼らに対し、俺も笑顔で話し掛ければ──突如振るわれる暴行!訳も分からず集団リンチ!痛みで動けなくなった所を荒縄で縛られて馬車へ放り投げられ……洞窟に連れてこられたと思ったら、焼鏝を肩に押されて服を着替えさせられ、再び馬車に乗り、なんやかんやあって──
「──こうなった」
「そうはならんやろ」
「なっとるやろがい!」
それ以外の出来事、ずっと縛られて馬車に揺られていただけなんじゃ。降ろされた後はこんなみすぼらしい格好で木の檻に入れられて、こんな調子でボケーっと道を眺めていたわけで……
「全く言葉も通じないし! 夢にまで見た異世界転移はお先真っ暗だわで……! あの、マジでどうにか助けてくれませんかね……?」
「オレだって出来ることなら何とかしてやりたいんだが……お前、今売り物になってるし、買うにしたって値段バカ高いんだが」
「売り物……成る程。フッ、どうやら店主は俺の秘めている潜在能力を見抜いたようだな」
「単に黄色人種のお前が珍しいだけだと思うが」
「そんな俺に優しくない回答なんぞ求めとらんわ!」
「えぇ理不尽。にしても困ったな、その烙印消さないと下手に連れ出しも出来ないし……よし、ちょっと待ってろ。オレ売り主と話してくるから」
「おお! サンキューチッヤ! 俺の順風満帆な異世界ライフの為にも何卒頼んますわ……!」
「へーへー」
片手を振りながら離れてゆく背中姿に期待の眼差しを送る。たった数日会ってなかったとはいえ、こんな状況で既知の友と出会えて泣きそうになった。アイツは躑躅 千冶。幼馴染みの友人で物知りな解説役、努力家な永遠の2番手である。多分アイツは先にこの異世界に来ていたのだろう、服の上からでも分かる筋肉質な身体がそれを物語っていた。元々女子からモテるために軽い筋トレはしていたらしいが、あそこまで筋肉ゴリラじゃなかったしな。つーか今更だけど、やっぱ俺奴隷になってたのね。奴隷制度廃止運動はどうしたー!というのは野暮だろう。異世界モノでは鉄板の設定だし。
……ふむ、それにしても千冶の奴随分と遅いな。脳内であれこれ考えて時間を潰していたが、もう既に30分は過ぎただろう。先程から遠くの方がなにやら騒がしいし、変なことに巻き込まれていないと良いのだが──と、思っていれば丁度帰ってきたようだ。見たところ、特に変わった所も無い。ただ長く話し込んでいただけだろう。
「よっす、遅くなった」
「いや全然、それで……俺どうなりそう?」
「結論から話せば、お前はオレが買い取ることになった。つっても奴隷契約は即解除するけどな」
「おお! サンキューチッヤ、さっすが頼りなるぅ」
「フフン、それほどでもあるさ」
「……お前そんなキャラだったっけ」
「4ヶ月もこの世界で過ごしてんだ、そりゃ性格も多少変わる……ってそうか、そこら辺すり合わせが必要だな」
「はぁっ!? 4ヶ月マ!?」
「マ。そこら辺の詳しい話は歩きながらでも、とりあえず落ち着けるところまで行くぞ」
一先ず俺は解放されるらしい。縄をほどかれ檻から出れたので、固まった身体をほぐして深呼吸をする、シャバの空気は旨いぜぇ……しっかしアイツ、もう4ヶ月も異世界で過ごしてるのか、通りで筋肉達磨になっているわけだ。
今まで居た治安の悪そうな大通りから外れ、入り組んだ路地裏の様な道を進む。その道中でチヤに色々と事情を聞けば、どうやら転移した流れは俺とほぼ一緒とのこと。教室で自身の席に座っていたら、突然夜中の森へ放り込まれたのだとか。森の中で困り果てていた所を、冒険者ギルド所属の兄妹に保護されて4ヶ月の間お世話になっているらしい。
「いいなー、こちとらゴツいオッサン共にボコられて奴隷落ちだぜ? お前が漫画の主人公みたいで羨まし──すまん、俺が悪かった。その顔止めてくれ」
「……どんな顔だよ」
「喜怒哀楽をミキサーで混ぜたコズミックホラー顔」
「なんて?」
目のハイライトがなくなって、泣きそうな怒ってそうな、なにかを恐れているような表情なのに口角だけ上がってる、そんな顔。うん、文字にしても何言ってんのか分からんな。
「……あ、そういや今更だけどさ。俺達がこの世界に来た理由とかあんの? ありがちなのだと魔王倒すとか、神様の暇潰しだとか」
「亡国の王様が戦力強化する為に代償支払って異世界から人呼び込んでるんだと」
「えぇ、ヤベーじゃん。つーか戦力強化したいのに呼び出した奴を放置は色々破綻してんだろ……なに考えてんだか」
「馬鹿なんだろ。そんな訳でまあ、オレの当面の目標が、その元凶ぶちのめすのと、元の世界に帰ることだったんだが……最近は元の世界に帰るための情報集めが手詰まりになってきてな。世話になってる人達から、この街を離れて手掛かり見つける旅に出ようかって話をつい昨日されたんだが……まさか今日になってお前を見つけるとは思わなんだ」
「oh 、なんつータイミングよ。すれ違いになったらと思うと肝が冷える。で、今更だけど俺達どこ向かってんの?」
「宿屋。というか世話になってる冒険者の兄ん方に会いに行くんだよ。ほら、あの人に翻訳魔法かけてもらわないと、お前この世界の言語分かんないから色々不便だろ?」
「おお……! やっぱこの世界魔法あるのか、俺も使えたりするんかね?」
「才能次第らしいが、オレは使えるようになったぞ」
「マジィ!? つーことは、俺も使える可能性があるって事だよな!」
ひゃっほーテンション上がってきたァ!
そうして俺が1人で盛り上がっていれば、不意にチヤが足を止める。後ろを歩いていた俺は、立ち止まったチヤにぶつかって倒れそうになるが、腕を掴まれてなんとか体勢を立て直せた。
「あだっ……っと、サンキュー。にしてもなんだよ、急に立ち止まって」
「……ちょいと不味い状況になった。くれぐれもオレから離れんなよ」
「は? それってど── 「)\@-「! @)\($@!」 ──うわっぽい!?」
後方から大声が聞こえるや否や、チヤに身体を引っ張られて尻餅をつく。直後、風切り音と共に何かが頭上を掠めた。急いで後ろを振り返れば──まあ、なんということでしょう。遠くから見覚えのある強面の集団が、更に恐ろしい形相で此方へ猛進してくるではありませんか。
「ちょっ、はァ!? まっ待て待て待て! なんでぇ!?」
「あちゃー、こんなに残ってたのか。あの場に居た6人は全員動けなくしたんだが」
「おうちょと待て、まさかあん時に遠くから聞こえてきた騒ぎ声って……」
「オレ悪くない、店主が先に仕掛けてきた」
「ヨシッ! なら正当防衛だな! じゃねぇーよッ、なにやってんだお前ェ!?」
「大丈夫だ。契約はちゃんと脅して履行させたから、違法じゃない。よってオレは悪くない」
「今の問題点そこじゃねーよ」
「冗談はさておき、とりまそこから動くなよ。守れなくなる」
「……勝てんの?」
「頑張る!」
「そこはかとなく不安なんじゃが!」
そんな雑談をしながらも、6人の敵はその歩みを止めずに此方へ疾走する。先頭を走る男との距離が10m程になったその時。その男が足をつける地面の石畳が、なんの前触れもなく盛り上がり、男は勢いよく転倒した。直後、消炭色の泥のような物が男の顔以外を包み込む。1秒も経たずにそれは石のように固まり、男は身動き一つ出来なくなった。仲間が一瞬にして動けなくなった様子から、走るのを止めた2名の足を同じように粘性の其が覆い、2人の足が地面から離れなくなった。
「おお! それが魔法! ──なんつーかじ 「地味で悪かったな」 がんばえー!」
俺の激励の言葉に千冶は溜め息を吐くが、残る3人の賊から視線を外さない。ガタイの良い2人の男と狼のような獣人は、その手にナイフや大剣を持ち構える。動けなくなった3名とは違う油断の無いその様子から、手練れであることは素人目からでも明らかだった。
ひりついた空気に思わず固唾を呑み、思わず千冶の様子を伺うべく見上げれば──アイツがニヤリと、したり顔を浮かべていることに気がつく。
「『伸びろ!』」
弾んだ声でそう発すと同時に、何処からともなく現れた道幅程の径である大きな円柱が、勢いよく男達の方へ追い迫る。
ドシンと重いものがぶつかった様な鈍い音がした後、道を埋め尽くしていた円柱は徐々に収縮してゆく。縮小が止まる頃には、道をまるまる塞ぐ程の幅が茶碗程の太さになり、長さも大体6m程の棒へと姿を変えた。千冶はカランと音を立てて地面に落ちた棒を蹴りあげ、空中に浮いた棒を右手で掴み取った後に思わず殴りたくなる程のドヤ顔を此方へ向けてくる。
棒が埋め尽くしていた道を見れば、30mぐらい離れた場所で多分魔法によって作られた灰色の壁に2人の男が面白いポーズのまま埋まっていた──ん? 2人?
即座に最悪の想像が脳裏をよぎり、背筋が凍る感覚に襲われる。咄嗟に振り返れば、チヤの背面上空から狼男が巨大な西洋剣を携えて襲い掛かる姿を捉えた。咄嗟にアイツを庇おうと動き始めるが……駄目だ、これは間に合わない。くっそ、ヤバイヤバイヤバイヤバイ! 気づけバカ!
「うしッ──ろ……?」
剣を振りかぶっていた狼男は、上から勢いよく降ってきた何かによって地面に叩きつけられる。狼男を片手で押さえ付けるその人は、小学生ほどの少女だった。黒曜石の様な艶やかな髪に、墨色の瞳をした無表情の幼い少女。しかし、3倍はあろう体躯の狼男を難なく片手で制するその姿は、あまりにも現実離れしていた。
「チヤ、浮かれてたのは分かる。けど争いに油断は命取り。気をつける」
「──ぉッス。助かりました、すんません」
「うん」
会話から察するに、千冶の知り合いだろうか?もしかしてさっき聞いたギルドに所属してる兄妹の妹って、彼女のことだろうか。想像していた人物像とかなり違ったので呑み込むまで時間が……ってあれ、今──
「──日本語?」
「いんや、少し聞こえ方が特殊だろう? 私が魔法を掛けて、お前さんにこの世界の言語を理解出来るようにしたんだ」
上空から中性的な声が聞こえ、その声につられて上を見上げれば、そこには空中で制止する身長が2、3m程の不審者……身体全体をフード付きロングマントで覆った仮面の人が空に浮かんでいた。
「ふし……なんだ、そっちの世界じゃ人様を不審者呼びするのが流行ってるのか?」
「うん。兄さんの姿は紛うことなく不審者」
「ノーコメントで」
「……そうか」
独特の雰囲気に戸惑いつつも、親しく話をしている様子から肩の力が抜ける。彼らが話に聞く兄妹だろうが……
「あ、あのー」
「ああ、察しはついてるだろうが──こちら、オレがお世話になってる兄妹のエイリルさんとシクリィさんだ」
「うん。私シクリィ、よろしく」
「エイリルだ、話は千冶から聞いている」
「あ、ども。鉱簾 優です」
なんというか、思ったよりキャラ濃いのが出てきたな。
泡を吹いて気絶した狼男を尻目に状況を咀嚼する。そうしていれば、浮かんでいたエイリルさんがゆっくりと地面へ降り立った。巨大な体躯に威圧感を覚えつつも、敵意はないと自分に言い聞かせていれば……俺に向かって突然とんでもない事を言い始めた。
「鉱簾優くん……フルネームは諄いから鉱簾君で良いかな。なにがなんだか分からんだろうが、私達にも事情がある。そう悠長にしている時間は無いもんで、チヤみたく時間掛けて鍛えながらこの世界に順応させてく──なんて暇はない。なんで、すまんがお前さんにゃ今日から……酷くツラい日々を送ってもらう」
「──はい?」
小説家になろうの方では初投稿……投稿小説が100万作以上あってビビる。至らぬところがあると思いますが、生暖かい目で見ていただけたら幸いです。感想や評価、ツッコミに批判etc……あれば気軽に送ってください。




