第7話 検問所の影
街を囲む灰色の城壁が、近づくにつれて圧迫感を増していく。
検問所の前には荷車や旅人の列ができ、鎧姿の兵士たちが一人ずつ通行証や荷物を確認していた。兵士たちの視線は鋭く、時折、無言で通せんぼするように槍を構える。
商隊の先頭が列に加わると、護衛の男が小声で言った。
「なるべく余計なことはしゃべるな。あいつらは何かと難癖をつけてくる」
その声色には、経験からくる警戒と苛立ちが混ざっていた。
列はゆっくり進み、やがて商隊の番が来た。
兵士の一人が荷車の幌を捲り、中身を確認する。木箱や袋を無造作に開け、中の品を手に取っては投げ戻す。
もう一人の兵士が、鎖につながれた奴隷たちの前に立った。
「こいつらの身分証は?」
低い声に、護衛が腰の袋から数枚の羊皮紙を取り出す。
「全部、犯罪奴隷の正式な証明書だ」
兵士は一枚ずつ目を通し、じろりと奴隷たちの顔を見た。
「……こいつ」
兵士の視線が、若い男の奴隷で止まる。
痩せこけた頬、しかし瞳は怯えていない。むしろ何かを訴えるように、まっすぐカイを見ていた。
(……こいつ、何かおかしい)
カイはアルヴァに目配せする。
アルヴァは一瞬だけ瞳を細め、微かに首を振った。
「罪の気配は薄い。……だが、判断はお前が下せ」
兵士がその奴隷の肩を掴む。
「身分証の記載に不備がある。別室で事情を聞く」
護衛が眉をひそめたが、兵士二人に腕を掴まれれば抗えない。
「待て。俺も同席させてくれ」
カイが一歩踏み出す。
「誰だお前は?」
「この商隊の臨時護衛だ。仲間を無闇に連れて行かれるわけにはいかない」
兵士たちは一瞬だけ目を見交わし、片方が鼻で笑った。
「なら見届け人として来い。ただし、口を挟めば即座に拘束する」
「わかった」
リュナが小声で囁く。
「気をつけろよ。あいつら、気に入らない奴は平気で罪をでっち上げる」
その言葉は冗談ではない響きを帯びていた。
別室は石造りの狭い部屋で、窓は小さく鉄格子がはまっている。
兵士の一人が椅子に腰を下ろし、奴隷の男を立たせたまま質問を始めた。
「名前は?」
「……ダリオン」
「罪状は?」
「……ありません」
兵士が机を叩く。
「ふざけるな。記録には盗賊団の一員とある」
「違います。あの日、村を襲ったのは別の……」
言葉の途中で、兵士が立ち上がり、襟首を掴んだ。
「黙れ!」
カイは一歩前に出た。
「やめろ。そのやり方じゃ何もわからない」
「口を挟むなと言ったはずだ」
「見届けると言った。暴力を見届けるつもりはない」
兵士の目が冷たく光る。
「……お前、どこの出身だ」
カイは答えず、その視線を受け止めた。
重苦しい空気が数秒続き、やがて兵士は舌打ちしてダリオンを突き放した。
「連れて行け。……今回は通せ」
別室を出ると、リュナが壁にもたれて待っていた。
「で、どうだった?」
「……奴は冤罪の可能性が高い」
「だろうな。でも、ここじゃそれが普通だ」
商隊は再び進み始め、城門をくぐった。
だがカイの胸の奥では、ただ街に入ったというだけでは済まない感情が渦巻いていた。
この街で、何かを変えることになる──そんな予感が、風のように吹き抜けていった。