第4話 契約の条件と女剣士
女剣士は鋭い視線をこちらに向けたまま、ゆっくりと歩み寄ってきた。
足音は落ち葉を踏みしめる柔らかな音だが、その一歩ごとに剣の柄へかかる手の力が増していくのがわかる。
背後の男たちも同じく武器を構え、鎖につながれた奴隷たちが怯えた目でこちらを見ていた。
「……あんた、何者?」
低く、しかしはっきりとした声。
赤い髪は陽光を受けて燃えるように輝き、褐色の肌には細かな傷跡がいくつも刻まれている。
カイは一瞬返答に迷ったが、剣を下ろし、ゆっくりと名を告げた。
「カイ……この森で目覚めたばかりだ。あんたは?」
「リュナ。商隊の護衛をしてる。……もっとも、この様子じゃ護衛される側は死ぬ寸前だけどね」
彼女の視線が足元の倒れた魔獣に移る。棘だらけの死体を見下ろし、驚きと興味が混じった表情を浮かべた。
「これを二人で……いや、一人と……精霊か?」
「見えるのか?」
「当然だろ。精霊契約者は珍しいけど、初めてじゃない。けど……その子、随分と濃い気配をしてる」
アルヴァはふわりと浮かび上がり、リュナを見据える。
「お前の目は確かだ、人間。私は新月に生まれたばかりの精霊、アルヴァだ」
「新月……そりゃあ珍しいわけだ」
リュナはそう呟くと、背後の奴隷たちに視線をやった。
鎖で繋がれた三人の男たちは痩せ細り、足取りも覚束ない。首には鉄製の首輪がはめられ、そこから伸びる鎖が護衛の男の手に握られている。
「……その鎖、なんだ?」
カイが問うと、リュナは短くため息をついた。
「この国じゃ、犯罪者や借金を返せない者は奴隷になる。商隊は輸送のついでにこういう連中を運んでる」
「犯罪者や借金……本当にそれだけか?」
「……全部が全部じゃない。正直、冤罪や力づくで売られる奴もいる。でも、護衛の仕事は護衛だ。深入りすればこっちが危ない」
カイは言葉を飲み込んだ。前世の日本では考えられない制度が、ここでは日常として存在している。
アルヴァが小さく囁く。
「お前が守りたいものと、この世界の常識は一致しない。それを忘れるな」
その言葉は妙に重く、胸に沈み込んだ。
「……あんた、この森から出るつもりなんだろ?」
「もちろんだ」
「なら、あたしと一緒に来な。ちょうど商隊はこの先の街まで行く予定だ。安全な道なんてないけど、一人よりはマシだろ」
提案は理に適っている。
だが、護衛対象に奴隷が含まれている以上、無視できない問題が残る。
カイは少し考え、視線をリュナに向けた。
「条件がある。俺はこの精霊と契約している。無用な殺生はしたくない。それと……もし奴隷の中に冤罪や不当な者がいたら、助けたい」
リュナは一瞬だけ目を細め、次いで口角を上げた。
「変わってるな。あたしは構わないけど、他の護衛や商隊の連中がどう思うかは別だぜ?」
「それでいい」
そう答えると、リュナは手を差し出した。
「じゃあ契約成立……ってわけじゃないけど、仲間ってことで」
カイも手を伸ばし、その掌を握る。
握手の瞬間、何かが変わったわけではない。だが、確かに小さな信頼の種が芽吹いた気がした。
森を抜けるため、商隊と共に行動を開始する。
密林の中を進む足音、鎖の微かな音、そしてアルヴァの漂う光。
だが、その穏やかな進軍は長くは続かなかった。
茂みの奥で、低く唸る声が響く。
リュナが剣に手をかけ、カイも同じく構える。
アルヴァが囁いた。
「また来るぞ……さっきの魔獣より数が多い」
次の瞬間、木々の間から複数の赤い光点が現れた。
獣たちの瞳が一斉に輝き、密林の空気が一気に張り詰める。
「……行くぞ、カイ!」
「おう!」
契約精霊と女剣士、新たな仲間との最初の試練が、今まさに始まろうとしていた。