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逃げろ、貞盛(過去編) 8

 しかし、三人が再び東山道を通ることは、十年の間、一度もなかった。

 

 貞盛は京に上ると、順調に昇進を重ね、左馬允として馬寮で勤めを果たしていた。

 一方、将門は摂政である藤原忠平(ふじわらのただひら)の家人として仕え、滝口の武士となったが官職は与えられなかった。

 言いたいことを無遠慮にすぐ口に出してしまう将門の性格が、あだとなってしまったのであろう。

 都に暮らしてから八年が経とうとしていた。

 貞盛は、京の気候や人柄に親しみを感じ、一生をここで送るのも悪くないと思いはじめていた。 

 しかし、将門は違ったようである。

 昇進もできず、都に流れる坂東とは違う空気が己には合わない、坂東に帰りたい、と時々、貞盛に愚痴を漏らしていた。


 そのようなある日、坂東からある報せが届いた。

 将門の領地を、将門の叔父である国香と良兼(よしかね)が、近隣の豪族と手を組んで奪おうとしている、という報せであった。

 これを聞いた将門は、貞盛に挨拶もせず、急ぎ好立を連れて坂東に帰ってしまったのである。

 将門と己の父、国香が争いをはじめたという情報が貞盛の耳に入ったのは、それから一月もしないうちのことだった。

 都への後ろ髪を引かれる思いを抑えつつ、急ぎ帰り仕度を済ませると、貞盛も東海道を通り坂東の故郷へと帰った。



 焼け野原と化していた。

 黒炭になった家材の下から、父とも判別できない黒い骸を発見した時、腹の底で悲嘆と困惑が入り混じった感情が蜷局を巻いた。

 堪えきれなくなった。

 視界が濡れた。


「俺たちは、家族……ではなかったのか、将門……」


 不思議と怒りは湧いてこない。

 目の前の光景が、幼い頃から一月前まで共に過ごしてきた将門の所業だとは、とても思えなかった。

 一月で、何が将門を変えたのか。

 濁流のように溢れ出した父への悲しみが一旦鎮まると、将門を変えたわけを知りたくなった。


 それから貞盛は、父の遺領である常陸真壁郡石田の領主として立ち居振るまわなければならなくなった。

 そうする中で、次第に父と将門が争ったわけが分かってきた。

 将門不在の常陸豊田の領地を、毛野川の向かいに領地をもつ源扶(みなもとのたすく)という豪族が、代官を唆して奪ってしまったというのである。

 源扶の妹二人は、国香と良兼に嫁いでいた。

 どうも源扶が豊田の地を領有することに、国香が独断で承諾したらしいのである。

 この報せを受けた将門は、京から帰国すると兵を集い源扶との戦の準備をはじめた。

 対し源扶は、義弟の国香と良兼に助けを求めたのである。

 将門の怒りはすさまじかったらしい。

 将門の軍勢は源扶らの軍勢を一網打尽に蹴散らすと、その勢いを駆って国香の領地にまで押し寄せ、次々と火を放った。

 国香の最期はあっけないものであった。

 まさか将門が石田にまで攻め寄せてくるとは思わなかったようである。

 なかば奇襲のように攻め立てる将門勢に、成すすべもなく殺された。

 一月後に都から帰国した貞盛が目にした光景は、この戦で焼けた己の故郷であった。

 これに怒った人物がいた。

 国香の弟である良正(よしまさ)である。

 源扶の父、源護(みなもとのまもる)と手を組んで、将門に反撃を仕掛けた。

 しかし、弔い合戦を仕掛けた源護と良正も、将門の武勇の前にあっけなく敗れてしまうのである。

 敗北した良正は兄であり国香の弟である良兼に助けを求めた。

 諍いは徐々に、平氏の氏族同士の争いに発展していくのである。 


 父である国香が将門に殺された貞盛は、将門と戦わざるをえない状況に陥ってしまった。

 しかし、将門と刃を交えることに躊躇していた。

 貞盛は抗議の意を込めて自邸に引き籠っていた。

 非は将門の領地を奪おうとした源護にあり、父にある。


 貞盛は将門に宛てて書状を書いた。

 叔父たちとの仲は俺が取り持つ。だから叔父たちと和議を結んでくれ、という内容であった。

 何通も送った。

 しかし、一通として返事は帰ってこなかった。


 一年が経った。

 ついに叔父の良正と良兼は将門打倒の兵を挙げた。

 貞盛のもとに、叔父から参戦依頼の使者が来たが、その都度言い訳を拵えて追い払った。

 将門からの返書は来ていない。

 しかし、貞盛は和睦を諦めきれないでいた。

 貞盛はどうしても武をもってして他を屈服させる、というやり方が嫌いであった。

 己が武勇に優れていないという自覚があるからかもしれない。

 しかし、争いを嫌うのは貞盛の生まれ持った性質としか言いようがなかった。

 出陣の日となっても貞盛は自邸に閉じ籠っていた。

 遠くからすさまじい数の馬蹄の音が近づいてくるのが聞こえた。

 軍勢が己の屋敷を囲ってもなお、将門との和議を諦めたくはなかった。

 

「聞くところによると、身内の者に将門との仲を取り結ぼうとしている輩がいるらしい。私財を奪われ親族を殺されてもなお、奴に媚びを売ろうとしている。武者として恥ずかしい限りだ。そうは思わぬか、貞盛」


 屋敷の中に招いた良兼は、鎧を身に纏い刀の柄に手を添えながら、貞盛に向かって言った。

 貞盛は心を決めた。

 もう奴は変わってしまったのだ。


「武者なれば名誉が一番にございます。己も、将門討伐の一陣にお加え下され」


 貞盛は叔父に頭を垂れた。

 良正、良兼の率いる数千の軍は、将門の領土近辺にまで一気に押し寄せた。

 それに対し、将門は偵察のために百騎の騎馬兵を率いて良兼軍の前にひょっこりと現れた。

 まさか、百騎だけで立ち向かっては来まい、と貞盛は思った。

 しかし、将門はあろうことか百騎だけで正面から戦を仕掛けてきたのである。

 良正、良兼軍は先陣に弓兵を置き、矢合戦を仕掛けた。

 しかし、将門は応じない。

 それどころか将門が自ら先頭に立ち、捨て身の白兵戦を挑んできたのである。

 一斉に押し寄せる将門軍にひるんだ良兼軍は、防戦一方となった。

 一斉に矢を放つ騎射兵。怒涛の勢いで襲い掛かる騎馬兵。悪鬼羅刹の形相で猛然と刀を振り回しては、あたりを血に染めていく将門。

 良正、良兼、貞盛の大軍は、寡勢の相手に総崩れとなった。

 この戦で、平氏一族の争いの決着は、将門の勝利で一旦の区切りがついたのである。

その間、源護は密かに朝廷へ、坂東における紛争は将門に原因があると訴え出ていた。

 承平六年(936)十月、朝廷に召喚要請された将門は京へ赴き己の正当性を訴え、認められることとなった。


 翌年の八月、坂東へ帰国した将門を待ち受けていたのは、良兼の反撃であった。

 将門不在の坂東において、戦備を十分に整えていたのである。

 しかも、将門の祖父である高望王(たかもちおう)の像を陣頭に打ち立てるという、卑怯な手を用いた。

 帰国したばかりで思うように兵を集められなかった将門は、祖父の像に矢を射かけることもできず戦に敗れるのである。

 良兼軍は、これまでの恨みを晴らすかのように、将門の領内へ侵攻すると火を放った。

 将門は追い打ちをかけられ、妻を生け捕りにされてしまうのである。

 坂東では、再び平氏一族の争いが泥沼化してしまう。

 

 これを見かねた朝廷は、承平七年(937)十一月、坂東諸国に太政官符を発布する。

 それは坂東で乱を起こしている平良兼、源護、平貞盛を追捕せよ、という内容であった。

 これによって追捕使に任じられた将門は、朝廷の権威という後ろ盾を得たのである。


 良兼は、戦で将門と決着をつけるのは困難だと判断し、将門の暗殺を試みる。

 将門に仕える従者に内通を持ち掛け、将門の寝所へ兵を案内させることに成功した。

 寝所を敵に囲まれた将門の手勢は、わずか十人。

 将門は味方に雄弁を振るうと、十人で、夜襲を仕掛けてきた八十人の敵に挑みかかったのである。

 敵に挑む将門の姿は、まさに鬼のようであったらしい。

 将門一人で四十人を殺し、敵を撤退に追いやったのである。


 この噂は良兼方の兵たちを恐れさせた。

 将門の手勢の八倍の人数で夜討ちをかけたにもかかわらず、良兼軍は勝てなかった。奴に敵うはずがない。良兼軍の誰もがそう思った。

 これ以降、良兼は、自ら進んで将門と干戈を交えようとはしなかった。


「太政官符が出され追われる身となった今、坂東に己の居場所はない」


 貞盛はもう一度京へ赴き、己の潔白を説くべきだと思った。

 そして、二度と坂東へは帰らず、京で立身を図ろうと決めた。

 天慶元年(938)十二月、貞盛は密かに坂東をあとにした。

 東山道を通り上洛する。

 奴との和睦の道は、もはや途絶えた。

 戦っても勝てるわけがない。

 しかし、己の逃亡の情報が漏れたのだろう。

 碓氷峠の手前で、将門の手勢に見つかってしまうのである。



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