逃げろ、貞盛(過去編) 6
それから貞盛たちは、十日間を国分寺で過ごした。
真樹だけではなく、滋野恒成の嫡男だという十ばかりの少年も、海野城から遊びに来ることもしばしばあった。
彼は幸俊と名乗った。
貞盛と将門、好立と真樹、それに幸俊の五人は、十日間のほとんどを共に過ごすこととなった。
千曲川の魚を素手で捕らえる遊びや、馬駆け、相撲や弓矢で競うなど、思いつく暇潰しはなんでもした。
そうした日々のなかで、貞盛はあることに気が付いた。
己は、何をするにおいても人より優れる才を持っていない、ということであった。
矢を的に当てるのは好立が一番であり、相撲は将門に敵う者はいなかった。馬の扱いに秀でているのは真樹であり、川魚を一番多く捕らえたのはあろうことか幸俊であった。
「俺は、天から何の才も授からなかったのだな」
上流へ水滴を跳ね上げながら泳いでいく鮭を呆然と見送ったあと、川岸で魚を炙っていた将門の隣に座りつつ呟いた。
「そんなことあるものか」
くるりと魚を裏返すと、まだ焼き目のついていない面を火にかざしながら将門は言った。
「相撲は将門、弓矢は好立。乗馬は真樹で、魚を捕らえるのは幸俊。俺が一番になれることなど、何もない」
貞盛は、小枝を火にくべつつ言った。
ぱちりと小気味よい音とともに、火の粉が舞い上がる。
「お前の才は形に表れづらいものだ。しかし確実にある」
「本当か」
「本当だ。例えば、碓氷の峠で襲われたとき、どうすればよいか知っていたのは貞盛だけだった。それに、先日の領民たちが押しかけてきたときもそうだ。どうすれば争いをせずに済むか知っていたのは、貞盛だった。お前は何か困難な状況に陥った時、どのように行動すればよいかがわかる。それが、お前の才だ」
将門は、そんなことも知らなかったのかとでも言いたげに呑気である。
そうだろうかと、貞盛は首を傾げた。
「なんの話をしておったのだ」
濡れた手を衣服でぬぐいながら、川から上がってきた真樹と好立が焚火を囲った。
「お前でいうところの馬術の才のように、俺にも何事かの才が欲しい、という話をしていた」
貞盛が腰の位置をずらして真樹に座を譲りながら言った。
真樹は驚いたような顔で、
「俺の馬術は、そんなに大それたものではない。個性みたいなものだろう。お前にも個性はある」
「将門も同じようなことを言っていた。いまひとつ腑に落ちぬがな」
「貞盛の個性は目に見えにくいが、確かにある。それはきっと、将来大きなことを成す力になるような気がする」
横で手を火にかざしながら、好立が真樹に同調した。
そんなものか。
貞盛は皆に慰められたような気がした。
悔し涙が目に滲む。
それを悟られないように、貞盛は空を見上げた。
一番星に向かって真っすぐに昇っていく煙を、貞盛は暫くの間じっと眺めていた。