表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

逃げろ、貞盛(過去編) 6


 それから貞盛たちは、十日間を国分寺で過ごした。

 真樹だけではなく、滋野恒成の嫡男だという十ばかりの少年も、海野城から遊びに来ることもしばしばあった。

 彼は幸俊と名乗った。

 貞盛と将門、好立と真樹、それに幸俊の五人は、十日間のほとんどを共に過ごすこととなった。

 千曲川の魚を素手で捕らえる遊びや、馬駆け、相撲や弓矢で競うなど、思いつく暇潰しはなんでもした。

 そうした日々のなかで、貞盛はあることに気が付いた。

 己は、何をするにおいても人より優れる才を持っていない、ということであった。

 矢を的に当てるのは好立が一番であり、相撲は将門に敵う者はいなかった。馬の扱いに秀でているのは真樹であり、川魚を一番多く捕らえたのはあろうことか幸俊であった。


「俺は、天から何の才も授からなかったのだな」


 上流へ水滴を跳ね上げながら泳いでいく鮭を呆然と見送ったあと、川岸で魚を炙っていた将門の隣に座りつつ呟いた。


「そんなことあるものか」


 くるりと魚を裏返すと、まだ焼き目のついていない面を火にかざしながら将門は言った。


「相撲は将門、弓矢は好立。乗馬は真樹で、魚を捕らえるのは幸俊。俺が一番になれることなど、何もない」


 貞盛は、小枝を火にくべつつ言った。

 ぱちりと小気味よい音とともに、火の粉が舞い上がる。


「お前の才は形に表れづらいものだ。しかし確実にある」


「本当か」


「本当だ。例えば、碓氷の峠で襲われたとき、どうすればよいか知っていたのは貞盛だけだった。それに、先日の領民たちが押しかけてきたときもそうだ。どうすれば争いをせずに済むか知っていたのは、貞盛だった。お前は何か困難な状況に陥った時、どのように行動すればよいかがわかる。それが、お前の才だ」


 将門は、そんなことも知らなかったのかとでも言いたげに呑気である。

 そうだろうかと、貞盛は首を傾げた。


「なんの話をしておったのだ」


 濡れた手を衣服でぬぐいながら、川から上がってきた真樹と好立が焚火を囲った。


「お前でいうところの馬術の才のように、俺にも何事かの才が欲しい、という話をしていた」


 貞盛が腰の位置をずらして真樹に座を譲りながら言った。

 真樹は驚いたような顔で、


「俺の馬術は、そんなに大それたものではない。個性みたいなものだろう。お前にも個性はある」


「将門も同じようなことを言っていた。いまひとつ腑に落ちぬがな」


「貞盛の個性は目に見えにくいが、確かにある。それはきっと、将来大きなことを成す力になるような気がする」


 横で手を火にかざしながら、好立が真樹に同調した。

 そんなものか。

 貞盛は皆に慰められたような気がした。

 悔し涙が目に滲む。

 それを悟られないように、貞盛は空を見上げた。

 一番星に向かって真っすぐに昇っていく煙を、貞盛は暫くの間じっと眺めていた。

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ