揺野さんの私服
バーベキューは快晴だった。待ち合わせ場所に30分前に到着し、早すぎる奴だと認識されたくないので待ち合わせ場所の少し離れたところで一人で過ごし、3分前を狙い場所に向かうと、すでにみんな到着していた。
「おはようございます」
そして、仕切り役だから誰かのところに向かう、なんてことしないほうがいいだろうに僕に駆け寄ってきた。
「おはようございます」
「今日馬鹿みたいに暑くないですか」
そう言って彼女は着ていた黄色いボタンシャツを脱いだ。今日の彼女は、バーベキューだからか、普段社内で着ているようなスーツではなく、私服だった。白い半そでシャツにジーンズと、なんか、ものすごくシンプルな感じだ。
「まぁ、そうですね」
「どうです、今日の服」
揺野が問いかけてきた。
「え、い、いいんじゃないですか、なんでですか」
「バーベキューだからと思って着て来たんですけど、どうかなと思って」
「いや、俺に聞かないでくださいよ」
困った顔を作りつつ、心の中でなんなんだよ、勘弁してくれと訴えた。本当に、勘弁してほしい。だって、色々問題があるから。
揺野の白シャツは、船の底みたいな形の襟だった。街でよく見るTシャツよりも露出面積は低いのに、陰が落ちる鎖骨がうっすら見えていて、逆に強調されている。その下はシャツの素材のせいか胸の膨らみによってひきつれ、そこもまた強調されている。
露出は低い。肌が見えてる場所なんて顔と首と腕くらいだ。ほかの社員の女のほうが、タンクトップに透ける素材のシャツを着ていたりと、肌が見えてる。なのに、身体が分かる感じがして、いやらしくないのにいやらしく見えてしまい、自分が嫌になる。
下に履いているのは、白いシャツとは対照的な青のジーンズだ。
身体にぴっちりと密着したジーンズによって骨盤から尻、太ももまでの丸みを帯びたラインがくっきり浮き出ていた。普段はゆるいスラックスを履いているからこんな風になっているなんて気付かなかった。
尻と太ももに至るまでの下半身はジーンズの厚い生地が横に引きつれるような重量感と肉感に溢れる一方で、膝下はシュッとして生地がだぶついてる。
ラフな、それこそ男でも着そうな服なのに、胸と尻の曲線が違うと主張する。夏の服なんてもっと露出が多いものなんてたくさんあるし、それこそ通勤途中、目のやり場に困る服を着た女を見かけることもある。なのにシンプルで露出しようとか良く見せようみたいな演出なんて感じさせないシャツとジーンズが彼女の身体を引き立てているように思えて、僕は疲れ目のフリでぎゅっと目を閉じた。
シャツとジーンズが彼女をそういう風に見せてるのか、彼女が着てるからそういう風に見えるのか、最悪だけど欲求的なものが暴走してるのか分からない。なるべく揺野には近づかないようにしよう。僕は固く誓ってバーベキューに臨んだ。
◇◇◇
焼肉、前職でいい思い出が無い。焼いてもらうところでは話をしてすすめられて食べてで気持ち悪くなるし、先輩にすすめられて食べれば「先輩より先に食べるなんて度胸あるな」という罠があったりするし全部疲れる。
しかし、揺野が「年取ってくると油きついんで、上の人に肉をすすめないよーに。健康診断ひっかかってるので、気遣いじゃなくトドメをさすことになるので、まぁ、あえてというのも」との発言と「まだギリ」という上司の応戦により、各自焼いて食べるようになった。手持ち無沙汰気味にトングを掴みつつ、かぼちゃをひっくり返し、またひっくり返しと繰り返す。派遣の女は率先して男社員に肉を焼いていて囲まれていて、他の女社員たちは各自好き勝手に肉を食べていた。
「もしよければ揺野さんのぶんもお焼きしましょうか~?」
派遣の女が揺野にに声をかけている。既に揺野の手には綺麗に焼かれた肉や野菜が綺麗に並んだ皿があり、どっかのオシャレなプレートみたいになっていた。もう揺野に渡す必要などなさそうだが、気遣いアピールだろうか。
「いえ。それより、これ、食べてください。さっきからずっと焼いてて食べてないじゃないですか」
派遣の女の誘いを断りつつ、揺野は派遣の女に自分の皿をそのまま渡していた。
「え~揺野さんのぶんは」
「別にあるので、量が多かったりいらないのがあれば、皆さんでどうぞ」
揺野は淡々と返し、派遣の女は「え~ありがとうございます~!」と感激している。他の男社員も感心しているようだ。「嬉しいです~」と派遣の女が繰り返している。
てっきり、派遣の女は好き好んで気遣いをアピールしているのだとばかり思っていた。揺野の気遣いも邪魔くらいに認識しそうというか、その場の主役の座を横取りされたと思いそう、と勝手に考えていたが普通に喜んでいる。
「俺の分もそうしてほしいです」
揺野の後輩社員が揺野に声をかけた。「ジェンダー」と一言で返し、自分で笑っている。他の男社員たちが「コンプラ」と後輩社員を冷やかし始めた。
「じゃ、楽しんで」
揺野はさっさとその場を後にする。僕はそんな光景を、映像を見るみたいに眺めた後、また自分の手元を見た。好きに焼いていいと適当に並べられた生野菜は、半分ほどになっている肉と比べ明らかに減りが悪い。肉と野菜を並べたら無理もないだろう。女社員とかは普段サラダばっかり食べてるのに、見向きもしてないし。
野菜が余ってるな、と思いつつ、積極的に減らしていこうとも思わない。というか、こういう場だとお腹が空かないどころか絶妙に気持ち悪くなる。
「なんかほしいのあります?」
かぼちゃをひっくり返していると、横からスッと揺野が出てきた。びっくりした。
彼女は僕が焼いたカボチャを見て、「食べないんです?」と聞いてくる。
「え、いりますか……?」
「はい。ありがとうございます」
聞いてからの行動が秒だった。揺野はすぐにかぼちゃに箸をつける。
「お、お腹空いてるんですか、もっと焼きましょうか」
「いや、おいしそうなのがあるなと思ってただけなんで、別にお腹は空いてないです」
なんなんだこの人は。戸惑っていれば「こういう場でお腹すくタイプですか?」と質問してくる。絶妙に答えづらいこと聞いてくるのやめてほしい。お腹空かないと言えば、微妙に今後に響きそうだし、気を使われそうだし。
「……まぁ普通ですかね」
「そうなんですね。私、無理なんですよね。なんか、他人の食べさしに抵抗あるっていうか、潔癖じゃないんですけど」
さっきかぼちゃを食べたのに、揺野は平然と言う。そもそも前の飲み会では唐揚げとかも食べていたし。
ふざけてるんだろうな、ここは突っ込まないとノリが悪く思われる。それにここまであからさまだと分かりやすい。僕でもなんとかできそうだと「かぼちゃ、からあげ」と突っ込むと揺野は淡々と、「あれは特例」と真顔で言う。
「そんなかぼちゃと唐揚げ好きなんですか?」
「そう思います?」
ゆっくりと見透かすような目で即答され、思わず「え」と頭が真っ白になる。
なんでここで切り返してきた?
まるで、かぼちゃとからあげなんてどうでもいいみたいな言い方じゃないか。なんとなく怖くなった僕は「そうだと思いますよ~」と軽く言う。少しわざとらしすぎたかもしれない。
「なら、そうかもしれませんね」
「そうでしょうねえ」
いったい、今、何の話をしているんだろう。いや、からあげとかぼちゃの話なのに、全く違うような気がしてくる。今僕は状況にあったことが言えているだろうか。ものすごく間違えているのではないだろうか。
「っていうか、あんまり食べる感じじゃなかったら、一緒に飲み物取りに行きませんか?」
ふっと揺野が仕事モードに切り替わる。僕も「行きますっ」と気持ちを切り替えた。彼女はそのままスタスタと、まるで社内を歩くように足を進めていく。いつも通り、いつもの、彼女。だからいつもと同じように、僕は彼女の一歩あとについていけばいい。
僕はまるで誰かに言い訳をし、自己暗示をかけるように彼女の後を追った。