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年下上司の揺野(ゆらの)さん

 若くて可愛い女の子が苦手だ。


 僕なんか人の顔にどうこう言える立場じゃないのは十分わかってるけど、お前なんか相手にされるわけないのに、という嘲笑されかねないような高嶺の花が横にいるのは緊張する。それを狙っているからと誤解されるのも中々にキツいし、そうした曖昧さの中の挙動不審な態度についてキモいと思われる三重苦だ。だから近づかない。そしてこれを言うとお前みたいな分際で人間の容姿をジャッジしているのか、と言われるし、実際その通りだと自分でも思うので苦しい。


 だから、揺野(ゆらの)宵澄(よすみ)が苦手だった。




 ◇◇◇




 大学を卒業してそのまま就職する。できれば公務員がいいけど、無理そうなら一般企業で。きっとなんとかなるはず。高望みさえしなければ。


 大学に入学してすぐの頃はそう信じて疑わなかったけど、公務員試験を受けながら民間の併願しと安全策を取った結果、いろいろと破綻し僕は概ねブラック企業と呼ばれるような場所に就職した。就職活動がキツかったのもあり、やっと決まった、就職活動から抜け出せた仕事だからだと数多の理不尽やパワハラに耐えたものの、なんか違う、辛いで転職活動に踏み込み、最終的には頑張った大学の受験勉強、せっせと授業に出席して課題をこなし卒業した大学の学歴とはつり合わない場所に転職した。


 当然、僕は新卒だったころからだいぶ年数が経過している一方、転職先では新卒からずっとそこで働いていた人間がいるわけで。ただ、別にそこまで年齢がいってるわけでもなかったから、まぁなんとか、と思っていたら普通に自分より年下の女の子──揺野(ゆらの)宵澄(よすみ)の元につくこととなった。いわゆる、年下の上司だ。


 私服勤務可の職場で、黒のジャケットとスラックスを纏い、低めのヒールで社内を早足で巡り、せっせと指示を出す。叱るときには叱り、褒めるときには褒めるけど、わざとらしさがない。休憩時間は上下関係なく談笑し、男性社員女性社員問わず社交性を持ちながら、すごく明るいとも落ち着いてるとも言い難い絶妙な雰囲気を持つ。浮いてもいないし嫌われてもいないしむしろ好かれてるだろうに、キラキラした人気者という感じもない。役職問わず、年上年下関係なく、どんなに仲が良くても全員敬語。礼儀正しいのではなく「めんどうくさいから」という理由で、それをあけすけに公言する。


 一言であらわすならば、一言で紹介しづらい女。


 容姿もそうだった。ここがこう、と言い難い。表情があるときは、若くて人当たりが良さそうで、老人に印象を聞けば孫に欲しいと言いそうだし、子供に印象を聞けば先生っぽいと言われそうな、無防備と受容性がありつつも、無心で仕事をしているときは、全部シャットダウンしてそうな冷たそうな雰囲気がある。


 揺野はよく社内の人間と話をするので、私生活の情報はほぼ駄々洩れだった。


 学生時代はバスケをしていたとか、会社から五駅ほどの場所に住んでいるものの、最寄り駅からは遠く坂道が多いとか、住んでいるアパートに蛇が出るとか、台所のシンクだけは綺麗にしているとか。


 ほぼ自動的に入ってくるわけだけど、入社し、揺野のもとについて三か月が経過してもなお、揺野の扱いが本当に分からなかった。扱い方というか、振る舞い方が。


 年上に対しては相手を立てつつ適当にのせておく。自分で一人で出来るところでも頼られたそうなポイントを見つけて聞いて頼ったりとか、対して興味もないスポーツの話題にのったりとか。知らないフリも有効だ。年下に対しては指導とまではいかずとも聞かれたことをウザがられない程度に伝える先輩キャラでいい。別に誰も僕の一挙一動で人生変えるわけでもないし一時間後には忘れられている。


 でも、揺野は年齢は下で役職や役割的には上なので、マニュアルなしに車を運転しろと言われたような放り投げられ感がある。まわりは台本があるのに即興劇をしろと自分だけ何の準備もせず放り出された感じ。自分の今までしてきたコミュニケーションが全部無駄で、無駄どころか結局中身の無い人間だよと教え込まれ、そのまま対処法も教えられず去られるような。


 そのため、どうしていいか分からない距離でうっすら、その時その時でそれっぽく振る舞っていたら、会社の中で揺野と最も関わらないのが直属の部下になり揺野から指導されている僕という珍妙な状況になっていた。


 だから、ある意味運命だったのかもしれない。


 僕が会社そばのコンビニでセルフレジの列待ちをしているとき、揺野と出会ったのは。

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