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第1章6節: 魔法使いのねぐらと質疑応答

 アルヴィンに案内されてたどり着いたのは、ラルンの町の中でも特に古びた一角にある、三階建ての木造宿屋だった。名前は「眠れるフクロウ亭」。なんとも安直なネーミングだが、まあ、わかりやすくていいか。


「ここです。三階の角部屋が私のねぐら兼研究室でして」


 アルヴィンは慣れた様子で軋む階段を上っていく。宿の主らしき眠そうな老爺がカウンターにいたが、アルヴィンに軽く手を振るだけで、特に何も言ってこなかった。どうやら、この宿の住人として認知されているらしい。


 三階の突き当たり、古びた木の扉を開けると、そこは……なんというか、凄まじい部屋だった。

 狭い部屋の壁という壁が、天井まで届きそうな本棚で埋め尽くされている。本棚には、分厚い革装丁の本や、巻物、羊皮紙の束などがぎっしりと詰め込まれ、それでも収まりきらないのか、床にも本の山がいくつもできていた。部屋の中央には、インク瓶や奇妙な形の石、植物の押し葉などが散乱した大きな木の机が一つ。そして、部屋の隅に、かろうじて人が一人寝られるスペースだけが確保された粗末なベッドが置かれていた。


「……おい、ここ、寝る場所あるのか?」


 思わず尋ねると、アルヴィンは「ええ、もちろん!」と胸を張った。


「ベッドは一つしかありませんが、私は研究に夢中になると床で寝ることも多いですから、どうぞミラさんがベッドをお使いください。私はそこの本の山の隣で十分です」


 彼はこともなげに言うが、床だって本の山でほとんど埋まっているじゃないか。本当にここで寝てるのか、この男……。まあ、文句を言える立場じゃない。屋根があって、とりあえず横になれるスペースがあるだけありがたいと思わなければ。


「……ふーん。まあ、いいけどさ。それより、聞きたいことがあるんだ」


 あたしは部屋の真ん中にどっかりと腰を下ろし(床に直接)、早速質問を切り出した。


「この世界の基本的なこと、教えてくれよ。通貨とか、このあたりの地理とか、国とか。あと、エルフっていうのは、ここではどういう扱いなんだ?」


 アルヴィンは待ってましたとばかりに目を輝かせ、近くにあった木箱を椅子代わりにしてあたしの向かいに座った。


「ええ、もちろんですとも! まず通貨ですが、基本的には銅貨、銀貨、金貨の三種類です。価値は、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚といったところですね。物価は、そうですね……この宿が一泊、食事なしで銅貨5枚くらいでしょうか」


 なるほど。ということは、さっきのチンピラを倒した見返りに、彼らの財布でも漁っておけばよかったか……いや、やめておこう。面倒なことになりそうだ。


「地理についてですが、私たちが今いるのはウェスティア大陸の中央部、アルベイン王国に属するラルンという町です。アルベイン王国は、この大陸で最も古い王国の一つで、王都セントリアはここから東へ馬車で10日ほどの距離にあります。北には鉱物資源が豊富な鉄の帝国ガレリア、南には交易で栄える自由港湾都市ネプチュリアがあります。西には広大なグランデール平原が広がり、その向こうには霧深き山脈ドラゴンスパインが連なっています」


 アルヴィンは、床に落ちていた羊皮紙の裏に、羽ペンでさらさらと簡単な地図を描きながら説明してくれた。記憶力もいいらしい。


「エルフについてですが……ウェスティア大陸においては、希少な種族とされています。多くは大陸の東、世界樹に近いフィンブルヴェトルと呼ばれる森の奥深くに住んでいると言われていますが、実際に見た者は少ないですね。一般的には、長寿で、自然を愛し、魔法に長けた神秘的な種族、というイメージを持たれています。ですから、ミラさんのように若い(見た目の)エルフが一人で旅をしているのは非常に珍しく、先ほど門の衛兵が驚いていたのもそのためです」


 長寿で、魔法に長けた神秘的な種族……ねぇ。あたしの中身とは、だいぶかけ離れたイメージだ。まあ、その方が都合がいいかもしれない。


「魔法ってのは、ここでは一般的なのか?」

「いいえ、誰でも使えるわけではありません。才能や血筋、そして修練が必要です。主に戦闘で使われる元素魔法や、神官が使う治癒・浄化魔法、騎士などが使う身体強化魔法などが知られています。ですが……」


 アルヴィンは少し声を潜めた。


「『沈黙の灰禍』と呼ばれる数百年前の大災害以降、多くの古代魔法、特に生活に密着した繊細な魔法の多くが失われてしまったと言われています。私の研究テーマの一つも、その失われた魔法の探求なのです」


 沈黙の灰禍……。それが、この世界の食文化が貧しい原因でもあるんだろうな。


「ふーん……。まあ、魔法のことは今はいいや。あたしは使えそうにないし」

「いえ、そんなことは!」


 アルヴィンが突然、身を乗り出してきた。


「ミラさん、あなたには間違いなく魔法の素養があります! それも、かなり高いレベルのものが!」

「はあ? なんでそんなことがわかるんだよ」

「あなたの佇まい、自然への反応……そして何より、先ほどの戦闘での身のこなし! あれは単なる身体能力だけではない、無意識のうちに魔力が身体強化に作用している証拠です! おそらく、エルフとしての潜在能力が極めて高いのでしょう!」


 目をキラキラさせながら力説されても、正直ピンとこない。あたしが強いのは、前世で死ぬほど鍛えたからだと思っていたが……まあ、この体がエルフである以上、そういうこともあるのかもしれない。


「まあ、もしそうだとしても、あたしは魔法なんて使ったことないし、使い方なんて知らねえよ。それより、今は腹が減った。なんか食うもんないのか? あんた、食費も持つって言ったよな?」

「あ……も、もちろんです! すみません、興奮してしまって……。ええと、食料ですが、干し肉と硬いパンくらいしか……」

「却下だ」


 あたしは即答した。干し肉と硬いパンなんて、前世で嫌というほど食った。今は、ちゃんとした「料理」が食いたいんだ。


「よし、決めた。明日の朝、あたしが美味い朝飯を作ってやる。あんたの金で材料買ってきてな」

「ほ、本当ですか!? それは楽しみです!」


 アルヴィンは再び顔を輝かせた。こいつ、研究のこととなると見境がなくなるが、食い物のことにも結構興味があるらしい。


 こうして、あたしは魔法使いの研究室(という名のガラクタ部屋)で、異世界最初の夜を過ごすことになった。ベッドはアルヴィンに譲ってもらい、あたしは床に積まれた本の山を少しずらしてスペースを作り、そこに丸まって眠りについた。明日の朝食のことを考えながら。


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