第1章5節: 風変わりな魔法使いとの出会い
そこに立っていたのは、歳の頃はあたし(の見た目)と同じくらいか、少し上だろうか。痩身で、少し古びたローブを身にまとっている。色素の薄い茶色の髪は無造作に伸びていて、丸眼鏡の奥の瞳は、強い好奇心の色を湛えていた。腰には、分厚い革装丁の本を何冊か下げている。
どことなく学者というか、研究者めいた雰囲気の青年だ。チンピラたちとは明らかに違う、知的な空気を感じさせる。
「……あんたは?」
あたしは警戒を解かずに問いかけた。彼は、あたしの警戒など意にも介さない様子で、ゆっくりと近づいてきた。その視線は、あたしと、地面に転がっているチンピラたち、そして先ほどまで料理をしていた焚き火跡の間を行き来している。
「これは失礼。私はアルヴィン。しがない魔法使いで、古代の遺物や失われた技術について調べている者です」
青年――アルヴィンは、そう言って丁寧にお辞儀をした。魔法使い? この世界にもいるのか。
「魔法使いねぇ。で、その魔法使い様が、あたしに何か用かい?」
「ええ、大ありですとも!」
アルヴィンは、眼鏡の位置を指でくい、と押し上げながら、興奮したように言った。
「先ほどのあなたの『料理』、そして今の『戦闘』、実に興味深い! 特にあのキノコ料理……あの芳香、そして食べた人々の反応! あれは一体、どのような技術なのですか? 見たところ、特殊な魔法を使ったようには見えませんでしたが……」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。どうやら彼は、あたしの料理の一部始終と、その後の騒動を見ていたらしい。そして、他の住民たちとは違い、恐怖や警戒心よりも、純粋な好奇心を刺激されたようだ。
「技術って……ただキノコを焼いて、ベリー潰したソースかけただけだよ。料理の基本だ」
「料理……やはり、それが鍵なのですね! この大陸では、ほぼ失われてしまった古代の生活技術……! まさか、それを現代に再現できる方がいたとは!」
アルヴィンは一人で納得したように頷き、さらに目を輝かせている。古代の生活技術、ね。あたしにとっては、ごく当たり前の知識なんだが。
「それだけではありません! あなたの体術! あの軽やかな身のこなし、的確な打撃……エルフ族が身体能力に優れるとは聞いていましたが、あれほどのものは見たことがない。まるで、洗練された武術体系に基づいているかのようです。一体どこでそれを?」
「……それは、まあ、色々とあってね」
前世で世界中の格闘技をかじった経験がある、なんて言えるわけもない。あたしは言葉を濁した。
「ふむ……謎が多い。ますます興味が湧いてきました」
アルヴィンは顎に手を当て、ふむふむと考え込んでいる。その様子は、まるで珍しい虫か何かを観察している研究者のようだ。少しむっとしたが、彼に敵意がないことはわかる。あるのは、純粋な知的好奇心だけだ。
「あなたは、ミランダ……でしたか? 先ほど、住民の方がそう呼んでいたような」
「ミラでいいよ。ミランダなんて、性に合わねえ」
「では、ミラさん。あなたに提案があります」
「提案?」
「ええ。見たところ、あなたはこの町に落ち着く場所も、当座の資金もないご様子。もしよろしければ、私の研究室……といっても、ただの安宿の一室ですが、そこを拠点として使いませんか? もちろん、滞在費や食費はこちらで持ちます」
「……随分と気前がいいね。見返りは?」
うまい話には裏がある。あたしは疑いの目を向けた。
「見返り、ですか? そうですね……あなたの『料理』と『知識』、そして『身体能力』について、詳しく研究させてもらいたいのです! あなたがどこでそれを身につけたのか、どのような原理に基づいているのか……ああ、考えただけでワクワクします!」
どうやら、彼は本気で言っているらしい。あたしを研究対象として観察したい、ただそれだけのために宿と食事を提供すると。変わった奴もいたもんだ。
だが、悪い話ではない。今のあたしにとって、寝る場所と食事が確保できるのは非常にありがたい。それに、このアルヴィンという男、魔法使いで古代の技術に詳しいなら、あたしが知りたい情報を持っているかもしれない。
「……まあ、いいだろう。その話、乗った」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
アルヴィンはぱあっと顔を輝かせた。子供みたいに素直な奴だ。
「ただし、変な実験とかはごめんだからな。あと、飯はあたしが作る。あんたが食う分もな。その代わり、あたしが知りたいこと……この世界の常識とか、魔法とか、エルフのこととか、色々と教えてもらうぞ」
「もちろんです! 私の知る限り、何でもお答えしますとも! さあ、こちらへどうぞ。私のねぐらはこっちです」
アルヴィンは嬉々として先に立ち、あたしを案内し始めた。広場に残された住民たちは、まだ呆然とした様子でこちらを見ている。地面には、まだチンピラたちが転がったままだ。
「……あいつら、どうすんだ?」
「ああ、彼らなら心配いりません。衛兵が見回りに来れば、連れて行ってくれるでしょう。この町のチンピラは、しょっちゅう問題を起こしていますから」
アルヴィンはこともなげに言った。
こうして、あたしの異世界生活は、風変わりな魔法使いとの出会いという、予想外の形で最初の夜を迎えることになったのだった。これから、どんな騒動と、そしてどんな美味いものが待っているのか。
あたしは少しの不安と、それ以上の大きな期待を胸に、アルヴィンの後をついて歩き出した。