第1章4節: 美味い飯には、ちょっかいが付き物
現れたのは、いかにもチンピラといった風体の男たちだった。薄汚れた革鎧を着込み、腰には錆びた剣をぶら下げている。顔つきも下卑ていて、明らかにカタギじゃない。
三人は、あたしの前に仁王立ちになると、値踏みするようにジロジロと全身を見てきた。
「なんだ、てめえらは?」
あたしは警戒しながら問いかけた。面倒ごとは避けたいが、相手が売ってきた喧嘩なら買うしかない。
「へっ、ずいぶんとかわいいエルフじゃねえか。こんな所で何してやがる?」
リーダー格らしい、一番体の大きな男がニヤニヤしながら言った。その目が、あたしの容姿だけでなく、さっきまで料理があった場所や、集まっていた人々の興奮した様子にも向けられている。どうやら、騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。
「見てわかんねえのか? ちょっとした料理を振る舞ってただけだよ」
「料理ぃ? ああ、さっきの変な匂いのやつか。なんだか知らねえが、こいつら随分と美味そうに食ってたじゃねえか」
男は、まだ興奮冷めやらぬといった様子の住民たちを顎でしゃくった。住民たちは、チンピラたちの登場に怯えたように後ずさっている。
「なら、俺たちにも食わせてみろよ。なあ?」
「ああ、そうだそうだ!」
「美味いもんなら、俺たちにも権利があるだろうが!」
他の二人も囃し立てる。どうやら、たかりに来たらしい。まあ、予想通りの展開だ。
「あいにくだけど、もう全部なくなっちまったよ。また作りゃいいが、材料ももうないんでね」
「はあ? ふざけんじゃねえぞ! 材料がねえだと? なら、金で買いやがれ!」
「金もねえんだよ、こっちは。宿無し金無し腹ペコのエルフなんだ」
「ああ!? なめてんのかてめえ!」
リーダー格の男が顔を真っ赤にして怒鳴った。唾が飛んでくる。うわ、汚ねえ。
「金がねえなら、体で払ってもらうしかねえなあ? このエルフ、高く売れそうだぜ?」
「ヒヒヒ、そいつはいい!」
下卑た笑い声を上げながら、男たちがあたしを取り囲むようにじりじりと距離を詰めてくる。住民たちは、遠巻きに見ているだけで、助けに入ろうとする者はいない。まあ、期待はしてないが。
「……はぁ」
あたしは溜め息をついた。やっぱり、こうなるのか。
せっかく美味いキノコで気分が良かったのに、台無しだ。
「おいおい、穏便に済ませようぜ。あたしは争い事は好まねえんだ」
一応、言ってみる。前世でも、できるだけ話し合いで解決しようとは努めていた。まあ、大抵は拳で終わってたけど。
「うるせえ! 女子供は黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ!」
リーダー格の男が、あたしの腕を掴もうと手を伸ばしてきた。
その瞬間。
あたしの意識は、冒険家モードに切り替わった。
伸ばされた腕を、紙一重で躱す。同時に、相手の体勢が崩れた隙を見逃さず、懐に潜り込む。
そして、がら空きになった鳩尾に、エルフの(見た目に似合わぬ)膂力を込めた掌底を叩き込んだ。
ゴッ!!
鈍い音が響き、男の巨体が「ぐえっ」という蛙が潰れたような悲鳴と共にくの字に折れ曲がる。そのまま、男は白目を剥いて地面に崩れ落ちた。
「「なっ!?」」
残りの二人が、何が起こったのか理解できずに呆然としている。その隙も、あたしは見逃さない。
すぐ隣にいた男の顎目掛けて、下から突き上げるようなアッパーカット。これもエルフパワー全開だ。
バキッ! という嫌な音と共に、男の体が宙に浮き、そのまま派手に吹っ飛んで地面に叩きつけられた。ピクリとも動かない。
「ひぃっ!?」
最後の男は、ようやく状況を理解したのか、悲鳴を上げて逃げ出そうとした。
遅い。
あたしは地面を蹴って距離を詰め、逃げる男の背中に、飛び蹴りを叩き込んだ。
ドゴォッ!
男は前のめりに地面に突っ伏し、泥の中に顔面を埋めて動かなくなった。
一瞬の出来事だった。
ほんの数秒で、屈強そうに見えたチンピラ三人は、広場の地面に無様に転がっていた。
しーん……。
広場は水を打ったように静まり返った。
住民たちは、さっきまでの怯えとは違う、別の種類の感情……驚愕と、畏怖に満ちた目で、あたしを凝視している。
あたしは、ふぅ、と一つ息をつき、服についたかもしれない埃を払った。
「だから言ったろ。争い事は好まねえって」
転がっているチンピラたちを一瞥し、あたしは呟いた。見た目はこんな可憐なエルフだが、中身は歴戦の冒険家なんだ。そこらのチンピラに遅れを取るわけがない。
それにしても、このエルフの体、見た目に反してめちゃくちゃパワーがあるな。前世より強いかもしれない。
住民たちの視線が痛い。まあ、仕方ないか。さっきまで美味い料理を作っていたかと思えば、次の瞬間には屈強な男たちを瞬殺だ。混乱するのも無理はない。
「……さて、と」
気を取り直して、これからどうするか考えようとした、その時。
「……素晴らしい」
静かだが、よく通る声が聞こえた。
声のした方を見ると、いつの間にか、一人の青年が広場の入り口に立って、こちらを見ていた。