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第1章3節: 最初の料理、最初の衝撃

 焚き火の準備は慣れたものだ。幸い、広場の隅には誰かが使ったらしい焚き火の跡があり、燃えさしと石で組まれた簡単な炉が残っていた。ありがたく使わせてもらう。

 問題は、火種だ。魔法でも使えれば一発なんだろうが、あいにくそんな便利なものは使えない(はずだ)。となれば、原始的な方法しかない。

 あたしは周囲を見回し、手頃な木の枝と、乾いた枯れ葉や木屑を集めた。そして、硬そうな石を二つ拾ってくる。前世のサバイバル経験が活きる場面だ。


 火打石の要領で石同士を打ち付ける。何度か試すと、カチッという音と共に小さな火花が散った。すかさず、用意しておいた火口ほくち代わりの乾いた苔に火花を移す。

 ふーっ、ふーっ、と息を吹きかけると、小さな火種が赤く熾り、やがて細い煙を上げた。よし、点いた!


「おぉ……?」

「火を……起こしたのか?」


 周囲で見物していた人々から、驚きの声が上がる。どうやら、火を熾すこと自体が、それなりに難しい技術らしい。この世界の文明レベルが窺える。

 あたしは手早く枯れ葉と小枝をくべ、火を安定させた。


 次に必要なのは、調理器具だ。フライパンなんて便利なものはない。あたしは再び周囲を見渡し、平らで手頃な大きさの石板を見つけてきた。これを炉の上に置けば、即席の鉄板代わりになるだろう。石板を火でよく熱しておく。


 その間に、主役のキノコの準備だ。

 採ってきたキノコを、近くにあった水桶(誰かが置いていったものだろう)の水で丁寧に洗う。泥や汚れを落とし、石突き(根元の硬い部分)を爪で器用に切り取る。幸い、エルフの爪は薄くて硬く、ナイフ代わりくらいにはなった。

 キノコを適当な大きさに手で裂く。このキノコは、包丁で切るより手で裂いた方が、味が染み込みやすいんだ。


 問題は、味付けだ。塩も胡椒も油もない。これは厳しい。

 ……いや、待てよ。

 あたしは先ほど採った赤いベリーのことを思い出した。あれは甘酸っぱい味がした。加熱すれば、ソースの代わりになるかもしれない。それと、このキノコ自体、かなり味が濃そうだ。塩気がなくても、素材の味でいけるんじゃないか?


 あたしはベリーをいくつか石の上で潰し、即席のベリーソースを作った。

 石板が十分に熱くなったのを確認し、あたしは裂いたキノコをその上に並べた。


 ジューーーッ!!


 小気味良い音と共に、キノコから水分が滲み出し、香ばしい香りが立ち上る。

 うぉっ、なんだこの香り!? 前世で扱ったどんなキノコよりも、濃厚で複雑な、食欲をそそる匂いだ! 素材のポテンシャル、半端ないな!


「な、なんだ? この匂いは……」

「腹が……鳴る……」


 周囲の人々が、くんくんと鼻を鳴らし、ごくりと喉を鳴らすのが見えた。見たこともない調理法と、嗅いだこともない芳香に、彼らの興味は最高潮に達しているようだ。


 あたしは木の枝を箸代わりにして、キノコを転がしながら、均一に火を通していく。表面がこんがりと色づき、中の水分でふっくらと蒸し焼きになるように。焼き加減は、長年の経験と勘だ。

 頃合いを見計らって、あたしは先ほど作ったベリーソースをキノコの上から回しかけた。


 ジュワッ! と音を立ててソースが煮詰まり、甘酸っぱい香りがキノコの香ばしさと混じり合う。くそっ、自分で作っておいてなんだが、めちゃくちゃ美味そうだ!


「よし、できたぞ!」


 あたしは熱々のキノコを、近くにあった大きな葉っぱ(これもちゃんと毒がないか確認済みだ)の上に取り分けた。見た目は、まあ、即席にしては上出来だろう。こんがり焼けたキノコに、赤いベリーソースが絡んで、なかなか食欲をそそる色合いだ。


「さあ、食ってみな! キノコのベリーソースソテーだ!」


 あたしは葉っぱごと差し出したが、誰もすぐには手を出そうとしなかった。皆、興味津々といった顔で覗き込んではいるが、未知の食べ物に対する警戒心が勝っているようだ。


「なんだよ、毒なんて入ってねえって。ほら」


 あたしは一つ、自分でつまんで口に放り込んだ。


「……んんっ!?」


 思わず目を見開いた。

 美味い! なんだこれ、めちゃくちゃ美味いぞ!?

 キノコの濃厚な旨味と、プリプリとした歯ごたえ。そこに絡むベリーソースの甘酸っぱさが絶妙なアクセントになっている。塩気がないのが嘘みたいに、味がしっかりしている。素材の力が凄すぎる!


 あたしの驚愕と恍惚が入り混じった表情を見て、人々はようやく警戒心を少し解いたようだった。

 おずおずと、一人の少年が前に進み出た。さっき、生の芋を齧っていた子だ。


「……お、おらにも、ひとつ……」

「おう、いいぞ。ほらよ」


 あたしが差し出すと、少年は恐る恐るキノコを一つまみ、口に入れた。

 次の瞬間、少年の目が、カッと見開かれた。


「!!!!」


 少年は言葉を発することなく、ただただ目を見開いて固まっている。口をもぐもぐと動かし、信じられないといった表情で天を仰いだ。そして、


「う、う、う、美味ぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!!!」


 腹の底からの絶叫が、広場に響き渡った。

 その声に、堰を切ったように他の人々も手を伸ばしてきた。


「お、俺にも!」

「私にもおくれ!」

「なんだこれは! こんな美味いもの、食ったことねえぞ!」

「キノコが……こんな味になるなんて!」


 あっという間に、葉っぱの上のキノコはなくなった。人々は、目を輝かせ、興奮した様子で口々に感想を言い合っている。中には、あまりの美味しさに涙ぐんでいる者までいた。

 どうやら、あたしの最初の「料理」は、大成功だったらしい。


「へへん、どうだ。これが料理ってもんだ」


 あたしは胸を張った。人々の驚きと感動の顔を見るのは、やっぱり気分がいい。料理人冥利に尽きるってやつだ。

 これなら、少しは食料や寝床の足しになるかもしれない。そう思った、その時だった。


「おい、そこのエルフ!」


 野太い声が、広場に響いた。見ると、ガラの悪そうな男たちが三人、こちらに歩いてくるところだった。


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