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第1章2節: 石畳の町と腹ぺこエルフ

 さて、と。

 まずは人里、だな。さっき見えた村でもいいが、どうせならもう少し大きな町に行ってみたい。情報も集めやすいだろうし、もしかしたら、まともな……いや、まともじゃなくてもいい、調理に使えそうな道具くらいはあるかもしれない。

 それに、このエルフの体についても何か知りたい。あたしみたいな転生者(?)が他にもいるのか、それともあたしだけが特別なのか。エルフという種族がどういう存在なのかも。


 あたしは、さっき見つけたキノコとベリーが入った即席の袋をしっかりと持ち、人里の気配がした方向へと足を進めた。森の中は歩きにくいが、このエルフの体は驚くほど身軽で、バランス感覚も抜群だった。木の根や茨もひょいひょいと避けられる。前世の、鍛え上げた重い体とは全く違う感覚だ。これはこれで、悪くないかもしれない。


 しばらく歩くと、森は次第に開け、踏み固められた道が見えてきた。街道、というやつだろうか。道幅はそれほど広くないが、轍の跡があることから、馬車なども通るようだ。これなら、町もそう遠くないはずだ。


 街道に沿って歩き始めると、ちらほらと人とすれ違うようになった。農夫のような服装の男、荷物を背負った行商人風の男、粗末な服を着た家族連れ。彼らは皆、すれ違いざまにあたしを見て、一様に驚いたような顔をする。中には、ひそひそと何かを囁き合う者もいた。

 まあ、無理もないか。こんな銀髪碧眼のエルフ美少女(三度目)が一人で森から出てきたんだ。目立たない方がおかしい。あたしは彼らの視線を気にしないように努め、黙々と歩を進めた。


 やがて、道の先に石造りの壁と門が見えてきた。それなりの大きさの町のようだ。門には槍を持った衛兵が二人立っている。彼らもまた、近づいてくるあたしを見て目を丸くしていた。


「止まれ! 何者だ?」


 衛兵の一人が、やや緊張した面持ちで声をかけてきた。あたしは素直に立ち止まる。


「旅の者だ。森で道に迷っちまってな。この町で一晩休ませてもらいたいんだが」


 できるだけ穏便に、と思ったのだが、つい地が出ちまった。衛兵は眉をひそめる。


「エルフ……か? 一人で? 森から?」

「ああ、そうだ。何か問題でも?」

「いや……エルフが一人で旅をしているなど、珍しいのでな。身分を証明するものはあるか?」

「あいにく、持ち合わせがない。見ての通り、ほとんど着の身着のままなんでね」


 あたしは両手を広げて見せた。衛兵はますます怪訝な顔になる。そりゃそうだろう。普通じゃないことくらい、自分でもわかってる。


「……まあ、いいだろう。怪しい様子もない。ただし、町の中で騒ぎを起こすんじゃないぞ」

「へいへい、わかってるよ」


 どうやら、エルフというだけで即刻捕まるとか、そういう世界ではないらしい。少し安心した。あたしは門をくぐり、町の中へと足を踏み入れた。


 町の名前は「ラルン」というらしい。門の脇に古びた看板が立っていた。石畳が敷かれた通りには、木造や石造りの建物が並んでいる。活気はあるようだが、全体的に素朴な印象だ。道行く人々の服装も、やはり飾り気のないものが多い。


 さて、まずは宿を探すか。腹も減ったし、落ち着ける場所が欲しい。

 通りを歩きながら、宿屋らしき看板を探す。いくつか見つけたが、どこも入り口から覗く限り、あまり清潔そうではなかった。まあ、贅沢は言っていられない。

 適当な一軒に入ってみる。薄暗いカウンターの奥から、恰幅の良い女主人が顔を出した。


「いらっしゃ……おや、まあ、エルフのお嬢さんかい? 珍しいね」

「ああ。一晩泊まりたいんだが、空いてるか?」

「空いてるよ。うちは安いのが取り柄だからね。一晩、銅貨で……」


 女主人が値段を言いかけたところで、あたしははたと気づいた。

 金がない。

 この世界の通貨なんて、一銭も持っていないのだ。転生特典とかで、初期装備と一緒にいくらか金貨が入ってたりしないもんかね?……ないよな、普通。


「……すまん、やっぱりやめとく」


 あたしはバツが悪く、宿屋を後にした。

 どうしたものか。宿なし、金なし、そして腹ペコ。なかなかハードなスタートじゃないか。

 前世なら、こんな状況でも何とかする自信はあったが、この世界では勝手が違う。腕っぷしで解決できることばかりじゃないだろう。


 とぼとぼと町の広場までやってくると、ちょうど昼時なのか、多くの人が集まって食事をしていた。そして、その光景は、森で見たものと何ら変わりなかった。

 生の野菜を齧る子供。硬そうな干し肉をしゃぶり続ける老人。魚を丸ごと焼いて(焦げている部分と生焼けの部分が混在している)、骨ごとバリバリ食べている男。

 広場の隅には、食材を売る露店もいくつか出ていた。籠に盛られた芋や野菜、串刺しにされた鳥の丸焼き(これも焼き加減は適当だ)、魚など。どれも素材は良さそうなのに、調理という概念がまるでない。


「……はぁ」


 溜め息が出た。これはもう、本格的にあたしがどうにかするしかないらしい。

 腹が、限界だ。ぐぅぅ、と情けない音が鳴る。

 金がないなら、稼ぐしかない。あるいは、物々交換か。

 あたしは決意した。この場で、あたしの「料理」を披露して、その価値を認めてもらうしかない。


 あたしは広場の隅の、少し開けた場所に陣取った。そして、森で採ってきたキノコとベリーを地面に広げる。


「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! これから、この美味そうなキノコを使って、とびきり美味いもんを作ってやるよ!」


 突然の大声に、広場にいた人々が一斉にあたしを見た。怪訝な顔、好奇の顔、警戒する顔。様々な視線が突き刺さる。

 一人の男が近づいてきた。


「おい、エルフのねえちゃん。何だって? そのキノコで何をするってんだ?」

「見ての通りだよ。料理さ。お前たちが知らない、とびきり美味い食い方をしてやるんだ」

「料理……?」


 男は首を傾げた。やはり、言葉自体を知らないらしい。


「そんな怪しいもん、食えるかよ」

「まあ、見てなって。食ってみりゃわかるさ」


 あたしは不敵に笑い、調理の準備に取り掛かった。まずは火を起こさないと始まらない

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