第2章4節: 塩辛い沼と風の丘
魔法の練習と、古代穀物の探索を続けながら、あたしたちはグランデール平原を西へ西へと進んでいた。
相変わらず穀物の手がかりは掴めないままだったが、あたしの魔法の腕は少しずつ上達していた。火力調整はまだ完璧とは言えないが、少なくとも火起こしで辺りを燃やすようなことはなくなった。
そんなある日、あたしたちは奇妙な場所に出た。
それまで続いていた緑の草原が途切れ、目の前にぬかるんだ湿地帯が広がっていたのだ。水は濁り、奇妙な形をした葦のような植物が生い茂っている。そして何より、風に乗って運ばれてくる匂い。
「……なんだか、潮臭くねえか?」
「ええ、確かに。ここは……もしかしたら、伝承にある『塩辛い風が吹く沼地』かもしれません!」
アルヴィンが興奮したように言った。塩辛い沼地! ということは、塩分が手に入る可能性があるということだ。そして、古代穀物の手がかりも?
「よし、行ってみようぜ!」
あたしたちは慎重に足元を確かめながら、湿地帯へと足を踏み入れた。ぬかるみに足を取られそうになるが、なんとか進んでいく。
沼の水際に近づくと、確かに潮の香りが強くなった。試しに指で水を掬って舐めてみると……
「……しょっぱい!」
紛れもなく塩水だ! なぜ内陸の平原にこんな塩水沼があるのかは謎だが、これは大発見だ。この水を煮詰めれば、塩が手に入る!
「アル、やったぞ! 塩だ!」
「素晴らしい! これで料理の幅が広がりますね! ……ですが、ミラさん、見てください、あそこ!」
アルヴィンが指差す方向を見ると、沼地の真ん中に、小高く盛り上がった丘のような場所があった。その丘の上だけ、他とは違う、黄金色の穂をつけた植物が生えているのが見えた。
「あれは……!?」
「普通の麦や葦とは明らかに違いますね……。もしかしたら、あれこそが……!」
あたしたちは顔を見合わせた。古代穀物かもしれない!
しかし、問題は、どうやってあの丘まで行くかだ。沼地は深く、足場も悪い。迂闊に進めば、底なし沼に嵌ってしまうかもしれない。
「どうする、アル? なんか魔法で道でも作れねえのか?」
「うーん……土の魔法で足場を作ることも可能ですが、この広さだと私の魔力では……。風の魔法で水面を渡る……というのも、ミラさんを運ぶとなると……」
アルヴィンは自分の非力さを嘆いている。まあ、仕方ない。こういう時は、あたしの出番だ。
「よし、あたしが様子を見てくる。お前はここで待ってろ」
「えっ!? ミラさん一人で!? 危ないですよ!」
「大丈夫だって。これでも元冒険家だ。沼くらい、どうにかなる」
あたしはアルヴィンを制し、沼地を注意深く観察した。水深、底の硬さ、葦の生え方……。行けそうなルートを探す。
よし、あそこだ。比較的浅そうで、葦が密集している場所を足場にすれば、丘までたどり着けるかもしれない。
あたしは近くにあった手頃な木の棒を杖代わりにし、慎重に沼地へと足を踏み入れた。泥に足を取られながらも、葦の根元や、少しだけ硬くなっている場所を選んで進んでいく。時折、腰まで泥に浸かりそうになるが、持ち前のバランス感覚と、エルフの身軽さでなんとか切り抜ける。
「ミラさーん! 気をつけてー!」
岸辺からアルヴィンの心配そうな声が聞こえる。大丈夫だって言ってんだろ。
しばらく悪戦苦闘した後、あたしはようやく目的の丘へとたどり着いた。
「ふぅ……着いたぜ……」
丘の上は、沼地の中とは思えないほど乾いた土で覆われていた。そして、そこに生えていたのは……。
黄金色に輝く、ふっくらとした穂。それは、あたしが知っているどんな穀物とも違う、力強い生命力を感じさせるものだった。穂を一つ摘んで、揉んでみる。中から出てきたのは、少し大きめの、琥珀色をした穀物の粒だった。
匂いを嗅いでみる。……香ばしい、独特の香り。これは……間違いない。パンにしたら、絶対に美味くなるやつだ!
「見つけたぞ、アル! 古代穀物だ!」
あたしは岸辺に向かって叫んだ。アルヴィンが、やった! と飛び上がって喜んでいるのが見える。
「よし、これをいくつか……いや、できるだけたくさん持って帰るか!」
あたしは夢中で黄金色の穂を摘み始めた。服の袋が、あっという間にいっぱいになる。
これがあれば、あの味気ない麦粥とはおさらばだ。ふわふわで、香ばしいパンが焼ける!
あたしの頭の中は、もう焼きたてのパンのことでいっぱいだった。




