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元・豪腕女冒険料理人、料理という概念が存在しない異世界で胃袋無双する ~見た目は可憐なエルフ少女、でも腕っぷしはドワーフ級!?~  作者: 霧崎薫


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第2章3節: 初めての魔法、焦げたパンケーキ

 あたしの問いに、アルヴィンは待ってましたとばかりに目を輝かせた。


「もちろんですとも、ミラさん! あなたほどの素質があれば、基本的な元素魔法ならすぐに習得できるはずです! 私がしっかりとお教えします!」


 それから数日間、あたしたちの旅は少し様相を変えた。

 昼間は相変わらず平原を歩き、古代穀物の手がかりを探すが、夜の野営の時間になると、アルヴィンによる即席の魔法教室が開かれるようになったのだ。


「まずは、魔力を感じ取ることから始めましょう。目を閉じて、自分の内側にあるエネルギーの流れに意識を集中してみてください……。そうです、その体の奥底にある温かい感覚……それがあなたの魔力です」


 アルヴィンは、意外にも教えるのが上手かった。彼の穏やかで丁寧な指導に従って、あたしは生まれて初めて、自分の内なる力――魔力というものを意識しようと試みた。

 最初は何も感じなかった。真っ暗な意識の中で、ただ自分の心臓の鼓動だけが聞こえる。だが、アルヴィンの言葉に導かれるように集中を続けていると、確かに、体の中心、腹の底あたりに、ほんのりと温かい、陽だまりのような感覚があることに気づいた。


「……これか?」

「そうです、それです! それがあなたの魔力の源泉です! 次に、その魔力をゆっくりと手のひらに集めるイメージを……」


 言われた通りにイメージする。腹の底の温かさが、じわじわと腕を伝って、手のひらに集まってくるような感覚。手のひらが、少しだけ熱を帯びてくる。


「素晴らしい! 初めてでここまでできるとは、やはりミラさんの才能は本物です! では次に、その魔力を外部に放出し、特定の現象を引き起こすための『意思』と『言葉トリガー』を与えます。火を起こしたいなら、燃え上がる炎を強くイメージし、そしてトリガーとなる言葉――例えば『燃えよ』と!」


 燃え上がる炎をイメージ……。手のひらに集まった熱を、外に向けて放出する……。そして、トリガー。


「……燃えよ!」


 あたしは、少し緊張しながら、焚き火の燃えさしに向かって手をかざし、叫んだ。

 瞬間。


 ボッ!!


 手のひらから、勢いよく炎が噴き出した! 思った以上の勢いで、燃えさしどころか、あたしの目の前の地面まで燃え上がらせる。


「うわっ! 熱っ!?」


 慌てて手を引っ込める。アルヴィンが素早く水の魔法で消火してくれたが、あたしの手のひらは少し赤くなっていた。


「……す、すみません、ミラさん! 私の説明不足でした! 魔力の制御が……最初からこれほどの威力とは……!」


 アルヴィンが恐縮しているが、あたしはそれどころではなかった。

 驚きと、少しの興奮。そして、ほんの少しの恐怖。

 これが、魔法……。自分の意思で、こんな現象を引き起こせるのか。


「……もう一回だ」

「えっ? あ、はい!」


 それから、あたしはアルヴィンの指導のもと、何度も魔法の練習を繰り返した。

 最初は、火力の制御が全くできなかった。弱火を出そうとしても、すぐに火柱が上がってしまう。逆に、小さな火種を作ろうとすると、すぐに消えてしまう。魔力を込める量、イメージの仕方、トリガーとなる言葉の強さ……様々な要素が絡み合っているらしい。

 前世でどんな複雑な料理もこなしてきたあたしだが、この魔法というやつは、また違った種類の難しさがあった。


 それでも、持ち前の集中力と、何度も試行錯誤を繰り返す冒険家気質で、あたしは少しずつコツを掴んでいった。数日後には、焚き火の火起こし程度なら、安定してできるようになっていた。


「よし! 今日は、この魔法を使って、何か料理を作ってみよう!」


 練習の成果を試したくなったあたしは、朝食にパンケーキを作ることにした。材料は、ホーンディアの卵と、市場で買った粗挽きの麦粉(水で溶いて生地にする)、そして森で採った甘い樹液。


 鉄鍋を火(もちろん魔法で熾した)にかけ、獣脂を溶かす。火力を、弱火になるように慎重に制御する。……よし、安定している。

 生地を鉄鍋に流し込む。ぷつぷつと気泡が出てきたら、ひっくり返すタイミングだ。


「……えいっ」


 木のヘラで慎重に……と思った瞬間、火力のイメージが少し乱れたのか、鍋底の火力が一瞬だけ強くなった!


「あっ!?」


 慌ててひっくり返したが、時すでに遅し。パンケーキの片面は、見事に真っ黒焦げになっていた。


「……あーあ。やっちまった」

「あちゃー……」


 隣で見ていたアルヴィンが、残念そうな声を出す。


「まだまだだな、魔法料理ってのは」

「いえ、そんなことはありませんよ! 初めて魔法で調理したにしては、上出来です! 焦げたのは、ほんの少し制御が乱れただけですから。それに……」


 アルヴィンは、焦げたパンケーキを指差して言った。


「焦げていない方の面は、完璧な焼き色ではありませんか! これは、魔法による精密な火力制御の可能性を示唆しています!」


 言われてみれば、確かにそうだ。焦げた面以外は、均一で美しいキツネ色に焼けている。手動の焚き火では、こうはいかないだろう。


「……なるほどな。失敗は成功の母、ってか」


 あたしは、焦げた部分を取り除き、残ったパンケーキに甘い樹液をかけて食べた。うん、味は悪くない。むしろ、焼き加減は完璧に近い。

 魔法料理、思ったよりも奥が深そうだ。そして、面白いかもしれない。

 あたしの中で、料理に対する新たな扉が、少しだけ開いたような気がした。

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