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9話.少年との出会い

エルネストの市場は、朝の活気が落ち着き、昼下がりの穏やかな雰囲気へと変わっていた。


屋台の店主たちは少し手を休めながら客を待ち、子どもたちは広場の片隅で楽しそうに遊んでいる。


リュシアは、午前中に買い物を済ませたはずだったが、何となく市場の雰囲気を感じたくて、また足を運んでいた。


何かを買うつもりはない。


ただ、こうして人々のざわめきの中にいると、少しだけ寂しさが紛れる気がした。


そんなとき――。


市場の隅の方で、何やら困った様子の少年がいるのが目に入った。


背丈はリュシアの腰ほどしかなく、まだ十歳にも満たないように見える。


くすんだ茶色の服は擦り切れ、足元は裸足。


少年は果物屋の前で、じっとリンゴを見つめていた。


(……困ってるのかな?)


リュシアは一瞬迷ったが、気づけば足がそちらへ向かっていた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「どうしたの?」


ふと声をかけると、少年は驚いたように顔を上げた。


「……え?」


「何か困ってるの?」


「……べ、別に!」


少年は慌てて顔をそらし、何事もなかったかのように歩き出そうとした。


だが、その足取りはどこかふらついていて、明らかに元気がない。


(お腹が空いてる……?)


リュシアは胸の奥がちくりと痛むのを感じた。


「待って。少し話をしない?」


「……何で?」


「なんとなく。君が悩んでるみたいだったから。」


少年は一瞬、警戒するような目をしたが、やがて観念したようにため息をついた。


「……ちょっとだけならいいよ。」


リュシアは少年を広場の隅に誘い、一緒に腰を下ろした。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「君、名前は?」


「……ラウル。」


「ラウル、さっき果物屋の前で何をしてたの?」


「……別に。見てただけ。」


「でも、本当は買いたかったんでしょう?」


ラウルは少しムッとした表情をしたが、すぐに肩を落とした。


「……そうだよ。でも、お金がないんだ。」


リュシアは静かに頷いた。


「家族のため?」


「……うん。母ちゃんが病気で寝たきりなんだ。父ちゃんは昔に死んだし、俺が何とかしないといけないのに……仕事が見つからないんだ。」


小さな手がぎゅっと握られる。


「何でもやるって言ったけど、どこも『子どもには無理だ』って言うんだ。俺だって、頑張ればできるのに……。」


(なんて健気なの……。)


リュシアの胸に、じんわりと温かくも切ない気持ちが広がる。


「じゃあ、私と一緒に考えてみない?」


「……?」


「どうすればお金を稼げるか、一緒に考えてみるの。」


ーーーーーーーーーーーーーーー


リュシアは少し考え、いくつか提案してみる。


「市場の店主さんのお手伝いをするのは?」


「言った。でも『小さい子には任せられない』って断られた。」


「じゃあ、荷物運びとか?」


「それもダメ。重いものは持てないって。」


「じゃあ、野草を摘んで薬屋に売るのは?」


「試したよ。でも大したお金にならなかった。」


「うーん……。」


リュシアは唇に指を当て、考え込んだ。


(なるほど……年齢的にできる仕事が限られるのね。)


ラウルは小さな手で膝を抱え、しょんぼりと俯く。


「……俺、どうすればいいんだろ。」


「……。」


リュシアの胸の中に、もどかしい気持ちが広がる。


(もし……占いができれば。)


彼の未来を占えば、何かいい道が見つかるかもしれない。


でも。


(私はもう、占い師じゃない。)


過去を捨てたはずなのに……なぜか、心がざわつく。


ーーーーーーーーーーーーーーー


沈黙が続く中、リュシアは思わず小さく呟いた。


「……本当は占えるのに。」


その瞬間。


「え?」


ラウルが、ぱっと顔を上げた。


「今、何て言った?」


「あ……。」


しまった、と思ったがもう遅い。


ラウルの目は興味津々に輝いている。


「占いができるの?」


「え、えっと……。」


リュシアはごまかそうとしたが、ラウルのまっすぐな瞳に見つめられると、言葉に詰まる。


「ねえ、本当に? 本当に占いができるの?」


「……。」


子どもの目は、嘘を見抜く。


リュシアは小さくため息をついた。


「……昔ね。私は宮廷で占いをしていたの。」


「すごいじゃん! 本物の占い師なんだ!」


「今はもう違うわ。」


「でも、占いができるんでしょ?」


ラウルが、期待に満ちた目で見上げてくる。


リュシアは、一度目を閉じた。


(どうしよう……。)


自分がどれだけ占いを避けようとしても、こうして目の前に困っている人がいると、無視できない。


ラウルの家族の未来が分かれば、何か助けになるかもしれない。


(……。)


そして、気づいたときには――


リュシアは静かに微笑み、口を開いていた。


「あなたの未来を見てみる?」


そう、自然に言葉がこぼれ落ちていた。

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