6話荒野の果てで
冷たい風が、頬を切るように吹き抜けた。
リュシアは擦り切れた薄衣をきつく抱きしめながら、荒野をひたすら歩き続けていた。
行く当てもない。帰る場所もない。
それでも、どこかに「自分が生きられる場所」があると信じたかった。
――私の居場所は、ここではない。もっと先にあるはず。
そう思いながら歩き続けていたが、体は限界に近づいていた。宮廷にいた頃は馬車で移動するのが当たり前だったが、今は自分の足だけが頼りだった。食事もほとんど取れていないため、体力は削られる一方だ。
目の前には、果てしなく続く荒野。
このまま進んで、どこかに村があるのだろうか?
不安が胸をよぎったその時――
ガサリ――
茂みが揺れた。
リュシアは足を止める。
「……?」
静寂の中、かすかに草を踏む音が聞こえる。誰かがいる。
――まさか、追手?
いや、それはあり得ない。私を追い出した宮廷の者たちは、私がどうなろうと知ったことではないはず。
では――盗賊?
今、この荒野にいるのは私一人ではないのかもしれない。
心臓が高鳴る。
来ないで……!
無意識のうちに、そう心の中で強く願った。
すると――
茂みの向こうで、突然、何かが飛び出した。
リュシアは思わず身を強張らせたが、現れたのは……。
野ウサギだった。
「……っ」
緊張が一瞬で解け、体から力が抜けた。
「何だ、ただの動物か……。」
遠くから、低い男たちの声が聞こえた。
――誰かいる。
やはり、ここには盗賊か、それに類する者たちがいるのだ。
リュシアは息を殺し、そっと身を屈めた。
しばらくすると、男たちの声が遠ざかっていく。どうやら彼らは、別の場所へ向かったらしい。
「……助かった……?」
偶然か、それとも何かの力が働いたのか。
あのウサギが突然飛び出したことで、男たちは私の方へは来ずに去って行った。
――もし、私が占いをしていたら?
この危険を避ける未来を視ることができたのだろうか?
「……いや。」
リュシアは首を振る。
もう占いなんてしないと決めたじゃないか。
未来を知っても、それをどうすることもできなかった。
占いは、私を守ってくれなかった。
そう自分に言い聞かせ、再び歩き始める。
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夕暮れが過ぎ、夜が訪れた。
雲が広がり、月の光もない。
そして――冷たい雨が降り始めた。
「……っ。」
雨粒が肌に当たり、体温を奪っていく。薄衣はすぐに濡れ、冷たく肌に張り付いた。
「どこか、雨をしのげる場所を……。」
視界を探すと、岩場の陰に小さな洞窟の入り口が見えた。
「あそこなら……。」
足元を滑らせながらも、何とか洞窟の中へと転がり込む。
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中は思ったよりも狭く、壁はひんやりと冷たかったが、外よりは雨風を防げた。
リュシアは震える体を抱きしめ、じっと座り込んだ。
もう何も考えたくなかった。
このまま眠ってしまえば、寒さも空腹も忘れられるだろうか――。
「……これが、占い師の末路なの?」
静かに呟いた声が、洞窟の中に響く。
宮廷にいたころ、私は未来を視る力があると崇められていた。
けれど今、私には何もない。
居場所も、食べ物も、頼る人も。
そして、未来すら――もう視ることができない。
涙がこぼれた。
「……それでも……生きるしかないのよね……。」
リュシアは目を閉じ、雨音に耳を傾けた。
明日こそは、生きるための道を探さなければならない。
そう決意しながら、静かに夜が更けていった。