5話.絶望と旅立ち
夜の冷たい風が頬を刺した。
リュシアは薄い衣を抱きしめるようにして歩き続けた。
宮廷を追放されてから、何時間が経ったのか分からない。
何もない道をただひたすらに進み、ようやく人の営みを感じる場所へとたどり着いた。
目の前には、小さな村が広がっていた。
――灯りがある。人がいる。
それだけで、どれほど安堵したことか。
リュシアは疲れ果てた足を引きずるようにしながら、村の中へと入っていった。
ーーーーーーーーーー
村の中心には、小さな宿屋があった。
古びた木造の建物で、窓からは暖かな明かりが漏れている。
ドアを開けると、暖炉の火が揺らめき、数人の客が酒を飲んでいた。
「……すみません。」
リュシアはおそるおそる、カウンターに立つ主人らしき男に声をかけた。
「あんた、旅人か?」
粗野な印象の男が、無精ひげを撫でながらこちらを見た。
「ええ……一晩、泊めていただきたいのですが。」
「……宿代は?」
リュシアはポケットの中を探った。
すでに貴族としての財産はすべて没収されたが、追放される直前に密かに隠しておいた小銭がある。
それをそっと取り出し、カウンターの上に置いた。
男はそれを見て、鼻を鳴らした。
「これだけか?」
「……はい。」
「悪いが、それじゃ泊められねぇな。」
ばさり、と男は手を振った。
「もうちょっと払えるなら考えてやるが、その程度じゃ飯すら出せねぇよ。ほかを当たりな。」
「……っ。」
リュシアは唇を噛んだ。
かつては宮廷で貴族たちに囲まれ、豪奢な部屋で暮らしていたというのに、今は宿にすら泊まることができない。
「お願いです。どこか、少しでも休める場所を――」
「ダメだっつってんだろ。金のない奴を泊めてやるほど、こっちも余裕はねぇんだよ。」
男は面倒そうに言い放ち、他の客の相手に戻ってしまった。
リュシアはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて静かに踵を返した。
――宮廷を追放されたら、こうなることは分かっていたはずだ。
それでも、こうして実際に突きつけられると、どうしようもなく心が沈む。
ーーーーーーーーーーーーーー
村の外れには、小さな森があった。
リュシアはそこへと足を向け、枯れ木に寄りかかるようにして座り込んだ。
腹が空いていた。
最後にまともな食事を口にしたのは、いつだったか。宮廷では当然のように食卓が用意されていたのに、今はそれすらない。
「……何か、食べられるものを……。」
リュシアはあたりを見回し、地面に生えている草や、木の実を見つけた。
「……こんなものでも、食べられるのかな。」
一つ、口に含む。
苦い。渋い。だが、食べないよりはましだった。
彼女は黙々と口に運び、飢えを紛らわせた。
――なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
そう思わずにはいられなかった。
宮廷にいたころは、確かに苦労もあったが、ここまで惨めではなかった。
「……いっそ、自分を占ってしまったほうが……。」
その言葉が口をついて出そうになり、リュシアは思わず唇を噛んだ。
――占いなんて、もう二度としないと決めたじゃないか。
彼女は膝を抱え込み、じっと空を見上げた。
冷たい風が吹く夜。
リュシアは震えながら、ただ静かに、朝が来るのを待った。