3話.最後の予言
広々とした宮廷の大広間に、冷たい沈黙が満ちていた。
リュシアは中央に立ち、皇帝の鋭い視線を真正面から受け止めていた。
周囲には重臣や貴族たちが彼女を囲むように立ち、まるで犯罪者を裁くかのような雰囲気が漂っている。
その中心にいるガルダスは勝ち誇ったように薄く笑い、悠然と腕を組んでいた。
「リュシア、お前を宮廷占い師の職から解任し、さらに王都を追放することに決まった。」
皇帝の声が響くと、周囲の貴族たちが小声でざわめいた。
リュシアは驚かなかった。
これが彼女の運命なのだと、すでに理解していたからだ。
だが、その決定を受け入れるつもりはなかった。
「なるほど。私を追放するのですね。」
リュシアは微笑を浮かべ、静かに言った。
「当然だ。お前の占いは何の役にも立たん。」
皇帝は冷ややかに言い放った。
「お前がここにいる理由はもうない。」
リュシアは一歩前に出て、堂々と皇帝を見据えた。
「ですが、陛下…」
彼女の声は静かでありながら、大広間にしっかりと響く。
「私は去りますが、すぐに私の占いが本物だったと知るでしょう。」
その瞬間、ざわめきが広がった。
貴族たちは互いに顔を見合わせ、嘲笑する者もいれば、不安げに彼女を見つめる者もいた。
「ほう?」
ガルダスが鼻で笑う。
「お前の占いが本物だったと? それならば、なぜ今ここで、その力を証明できんのだ?」
リュシアはガルダスに視線を向けると、薄く笑った。
「あなたにも予言を授けましょう。貴族ガルダス――あなたは自らの手で滅びを招く。」
その言葉に、ガルダスの顔が一瞬だけ引きつる。
しかし、すぐに取り繕い、周囲の貴族たちと一緒になって嘲笑した。
「ハッ! おもしろいことを言う。だがな、リュシア。私はすでに宮廷での地位を確立し、皇帝陛下の信頼も得ている。この私が滅びると? 馬鹿も休み休み言え!!」
リュシアは静かに首を振る。
「信じるかどうかは、あなたの自由です。」
「ふん、負け惜しみを言う暇があるなら、さっさと出て行くがいい!」
ガルダスは手を払った。
しかし、そのやり取りを見ていた一人の男だけは、他の貴族たちとは違う反応を見せていた。
黒い軍服に身を包み、鋭い眼光を持つ男――レオナード・ヴァルト将軍。
彼はこれまで何度もリュシアの占いを受け、その正確さを知っていた。
彼女が適当なことを言うはずがない。
「……リュシア。」
低い声で彼女の名を呼ぶと、リュシアはゆっくりとレオナードを見上げた。
「将軍、私の占いを信じてくださるのですか?」
レオナードは何も言わず、じっと彼女を見つめる。
言葉にはせずとも、その表情には動揺が滲んでいた。
「……今は何も言わん。ただ、お前の言葉が現実にならぬことを願うだけだ。」
リュシアは穏やかに微笑んだ。
「では、願うといい。ですが、未来は変えられません。」
レオナードの表情が険しくなる。
一方で、他の貴族たちはリュシアの言葉を一笑に付し、再び嘲笑を始めた。
「おいおい、将軍まで妙なことを言い出すなよ!」
「まったく、あの女の戯言を真に受けるなど笑い話だ!」
「さあ、早く宮廷から出て行け!」
宮廷の空気はリュシアを完全に排除しようとしていた。
しかし、リュシアはその状況すらも、未来の一部であることを理解していた。
彼女は静かに一礼し、大広間の扉へと向かう。
その後ろ姿を見つめながら、レオナードは拳を握りしめる。
(この女の言葉が、どうか現実とならぬように……)
彼の祈りは、果たして届くのだろうか。
しかし、その予言はやがて――恐るべき正確さで的中することになるのだった。