13話.山賊
ある日、エルネストの市場に緊張感が走った。
「山賊が近くの峠で目撃されたらしい」
「次はこの町を襲うんじゃないかって……」
人々は噂を囁き合い、不安そうに空を仰いでいる。
エルネストは小さな町で、兵士の数も多くはない。大規模な襲撃を受ければひとたまりもない。
「どうするんだ……?」
「まさか、本当に襲われるなんてこと……」
市場の人々がざわめく中、宿の主人がリュシアを見つめた。
「占い師様……未来が見えるんだろ? もし、本当に襲撃があるなら、どこを守るべきか分かるんじゃねぇか?」
突然の言葉に、人々の視線が一斉にリュシアへと向けられる。
「お、占い師様に視てもらえばいい!」
「そうだ! どこが危ないのか、分かるかもしれない!」
リュシアは戸惑った。
確かに、未来を視ることはできる。だが、それは宮廷を追われる原因ともなった力だ。
それでも、この町の人々は彼女を「占い師様」として受け入れ、頼ってくれている。
(……もう、私は逃げるのをやめるべきなのかもしれない)
静かに目を閉じ、意識を未来へと向ける。
すると、ぼんやりとした映像が浮かび上がった。
――暗闇の中、北門。そこに忍び寄る影。
――町の人々が怯えながらも武器を手にし、必死に戦っている。
――しかし、準備が整っていたおかげで、被害は最小限に抑えられる。
リュシアはゆっくりと目を開けた。
「今夜、北門に警戒をしてください」
「北門?」
「はい。山賊は北門から侵入を試みます。ですが、今から準備をすれば被害を抑えられるはずです」
人々は顔を見合わせた。
「……本当なのか?」
「占い師様の言うことだ、信じよう!」
半信半疑ながらも、町の人々は武器を手に取り、北門の防備を固め始めた。
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夜になり、町は静まり返っていた。
北門では、男たちが松明を掲げ、見張りについている。
「本当に来るのか……?」
「占い師様の言葉を信じよう。準備しておいて損はない」
その時――
カサリ……
暗闇の向こうから、わずかな物音がした。
「……誰かいるのか?」
次の瞬間、矢が飛んできた!
「敵襲だ!」
森の中から現れたのは、山賊たちだった。
「ちっ、バレてたか!」
「やれ! 町を襲うんだ!」
山賊たちが剣を抜き、北門へと突進してくる。
だが、町の人々はすでに備えていた。
「弓を構えろ! 撃て!」
矢が放たれ、山賊たちを迎え撃つ。
「くそっ、こんなはずじゃ……」
山賊たちは数の不利を悟ると、次々と退却していった。
そして――
「やったぞ! 山賊を追い払った!」
町の人々が歓声を上げる。
「占い師様の言う通りだった!」
「もし準備してなかったら、大変なことになってた……」
翌朝、リュシアのもとには感謝の言葉が溢れていた。
「占い師様のおかげで町を守れました!」
「本当に未来が視えるんですね……」
リュシアは静かに微笑みながら、小さく呟いた。
(私は……本当にこの力を捨てるべきだったの?)
町の人々にとって、彼女はすでに「必要な存在」になりつつあった。
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山賊の襲撃を未然に防いだ翌日、町の兵士たちの間では、昨夜の出来事が大きな話題になっていた。
「本当に北門から来たんだよな?」
「ああ……しかも、あの占い師の言う通りだった」
駐屯地では、兵士たちが薪を囲んで話し合っている。だが、その表情は複雑だった。
「たまたまだろう?」
「そうさ。占いなんか信じられるか」
「そもそも、そんな力が本当にあるなら、もっと早く国で役に立ってたはずだ」
兵士たちは皆、占いに懐疑的だった。それも当然だ。彼らは剣と戦術で戦いに挑む者たちであり、目に見えない力に頼ることはなかったからだ。
しかし、一人だけ違う意見を持つ男がいた。
「試しに従ってみる価値はある」
静かながらも力強い声でそう言ったのは、町の駐屯兵を束ねる隊長、ガストンだった。
彼は40代半ばの精悍な男で、戦場経験も豊富。普段は冷静沈着だが、判断力に優れ、部下たちからの信頼も厚い。
「占いが本当に当たるかどうかは関係ない。重要なのは、もし本当に正しかったときに、我々が動けるかどうかだ」
「……隊長、それってつまり?」
「次も占い師の言うことに従ってみる、ということだ」
「冗談じゃない! 俺たちは軍人ですよ! そんな得体の知れないものに……」
「昨夜のことを忘れたのか?」
ガストンの鋭い視線に、兵士たちは口をつぐむ。
「結果として、町は被害を受けずに済んだ。あれを偶然と片付けるには、少々都合が良すぎる。
今後も占いが的中するとは限らないが、可能性を無視する理由もない」
ガストンの言葉に、兵士たちは互いに顔を見合わせた。
「まあ……確かに、備えられるなら備えておいて損はないか……」
「とりあえず、次に何かあったときも占い師の助言を聞いてみるってことか?」
「そういうことだ」
ガストンは静かに頷いた。
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数日後、リュシアのもとに町の兵士たちが訪れた。
「占い師様、今度はいつ山賊が来るか分かるか?」
以前は懐疑的だった兵士たちも、あの夜の出来事をきっかけに、少しずつリュシアの力を信じ始めていた。
リュシアは静かに目を閉じ、未来を視た。
――次に山賊が来るのは、三日後の夜。
――しかも、今度は前回よりも大人数。
――狙われるのは北門ではなく、西門。
目を開くと、リュシアは迷わず告げた。
「三日後の夜、今度は西門を狙われます」
「西門だと?」
「また山賊が来るのか……?」
ガストンはじっとリュシアを見つめた後、静かに頷いた。
「分かった。西門の防備を固めよう」
こうして、町の兵士たちは再び占いに従い、準備を始めた。
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そして――三日後の夜。
「隊長! 西門の森に動きがあります!」
見張りの兵士の声に、ガストンは即座に剣を抜いた。
「やはり来たか……!」
暗闇の中、静かに忍び寄る影。前回よりも明らかに多い人数の山賊たちが、西門の隙を狙っていた。
「伏兵を用意しておいて正解だったな……!」
ガストンは事前に町の人々にも協力を頼み、町の裏手には伏兵を潜ませていた。
「今だ! 仕掛けろ!」
待ち伏せしていた兵士たちが矢を放ち、山賊たちを挟み撃ちにする。
「ぐっ……!」
「こ、こいつら……最初から俺たちの動きを読んでたのか!?」
次々と討たれていく山賊たち。数では不利だったはずの町の兵士たちだったが、事前に準備をしていたおかげで、大きな損害もなく撃退することに成功した。
「……やはり、占いは本物だったか」
戦場を見渡しながら、ガストンは小さく呟いた。
戦いが終わると、兵士たちはリュシアの元を訪れ、驚きと感謝を伝えた。
「占い師様……あなたの言う通りでした」
「まさか、二度も敵の動きを的中させるとは……」
ガストンも彼女の前に立ち、静かに言った。
「正直に言おう。私は占いというものを信じていなかった。だが、今は違う」
彼は深く頭を下げた。
「占い師様、どうかこれからも町のために力を貸してくれないか?」
リュシアは静かに微笑んだ。
(……私の力が、誰かの役に立てるなら)
彼女の心の中に、少しずつ迷いが消え始めていた。
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夜明けとともに、町の人々は安堵の声を上げた。
「昨夜の襲撃、本当に防げたんだな……!」
「被害もほとんどないし、山賊どもを撃退できた!」
誰もが驚き、そして感謝していた。
もしリュシアの占いがなければ、西門の守りは手薄で、町に大きな被害が出ていたかもしれない。
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市場に足を運ぶと、商人や農民たちがリュシアを見て話し始めた。
「あの占い師様がいなかったら、俺たちはどうなっていたことか……」
「やっぱり本当に未来が視えるんだな」
「宮廷にいた占い師だったんだろ? すごいお方だったんだな」
リュシアの占いに対する町の人々の態度は、一気に変わっていた。
つい数日前までは「占いなんて信じられない」と思っていた人たちも、今では「占い師様」と呼び、敬意を払うようになったのだ。
「ありがとうございます、占い師様」
「おかげでこの町は守られました」
「……」
リュシアは戸惑っていた。
彼女はただの旅人として生きるつもりだった。占いを捨て、新しい人生を歩もうとしていたはずなのに――。
「占い師様!」
声のする方を振り向くと、兵士たちが近づいてきた。
「先日の件、我々も感謝しております。まさか二度も占いが的中するとは……」
以前は「占いなんて当てにならない」と言っていた兵士たちだったが、今では明らかに態度が変わっていた。
「これからも、我々に助言をいただけませんか?」
「え……?」
「占い師殿の助言があれば、この町をもっと安全に守れると思うのです」
「……」
リュシアは答えに詰まった。
「私は……ただの旅人です」
そう言ったものの、兵士たちは微笑んで首を振った。
「いえ、あなたはこの町を救った占い師殿です」
町の人々の視線を感じる。尊敬と感謝に満ちた瞳が、彼女を見つめていた。
(私の占いが、人の役に立っている……)
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宿に戻ると、宿屋の主人が温かい笑顔で迎えてくれた。
「リュシアさん、すっかり町の英雄ですね」
「……そんなつもりじゃなかったんです」
「でも、結果として町を救ったんでしょう? 私も心から感謝してますよ」
「……」
リュシアはふと、昔のことを思い出していた。
かつて宮廷にいたころ、彼女の占いは「道具」として扱われていた。
利用価値があるうちは重宝されたが、不要になればあっさりと捨てられた。
(あの頃とは違う……)
今、この町の人々は心から感謝してくれている。利用するためではなく、純粋に彼女の力を信じて頼ってくれているのだ。
「私は……」
占いをやめるつもりだった。だが、占いがあるからこそ、今の自分は町の役に立てている。
「……どうすればいいの?」
彼女の胸の中に、迷いが生まれ始めていた。




