第9話 他の誰よりも
「……そりゃ興味あるよ。男だからな」
苦し紛れの僕の問いに、土佐辺くんはアッサリ答えた。てっきりはぐらかされると思っていたのに。
顔を上げれば、前の席の椅子に後ろ向きに座り、僕の机に頬杖をついた土佐辺くんと目が合った。開け放たれた窓からぬるい風が入り込み、お互いの前髪が微かに揺れる。さっきまでの笑みは消えていて、なんだか急に居心地の悪さを感じた。
「誰でもいいわけじゃない。好きなヤツが目の前にいれば触りたくなるし、他の誰よりもピッタリくっつきたくなるのは当たり前のことだ」
「他の、誰より?」
「そう、誰より」
そう言いながら土佐辺くんはシャーペンをノートの上に転がし、あいた右手を僕の顔に伸ばしてきた。視界が彼の手でほとんど遮られそうになる。後ろに下がろうにも動けなくて、そのまま固く目を閉じると、彼の指先がチョイ、と僕の額に触れた。
「髪。汗で張り付いてた」
「あっ、ありがと」
どうやら、汗で額に張り付いていた前髪を整えてくれたらしい。びっくりした。
「迅堂が早くセックスしたがるのは、おまえの妹が誰かに取られるかもって不安に思ってるからかもしれねーぞ」
「セッ……え?」
「誰かに取られるくらいなら、って焦ってるんじゃね? 妹か本人に聞いてみろよ。多分他のヤツから声掛けられてるんじゃないか?」
「う、うん。分かった」
ただの性欲じゃなくて独占欲。
それならなんとなく納得できる。
「ありがとう土佐辺くん。色々教えてもらって助かったよ。僕だけじゃ亜衣の悩みを解決できなくて」
「いいって。だから、もうこの話は駿河にするなよ?」
「なんで?」
「あの真面目人間にこんな話したら、テスト勉強そっちのけで思春期の青少年における心理とか調べ始めそうで怖い」
「ふふっ、やりそう」
「だろ?」
もし僕が変なことを聞いたせいで常に学年トップの駿河くんの順位が落ちてしまったら、ちょっと責任を感じてしまう。土佐辺くんの言う通り、駿河くんにはこの話をするのはやめておこう。
「安麻田」
「なに?」
聞き返すと、土佐辺くんは再びシャーペンを手にしてノートに何か書き込んでいた。
「あー……テーブルクロス班、檜葉に取りまとめ頼んだから」
「引き受けてくれた?」
「ああ。昼休みに話しといた」
「頼んでくれてありがとう。檜葉さんなら安心して任せられるね!」
昼休みに自販機前で鉢合わせた時に頼んでおいたらしい。檜葉さんはクラスの女子のリーダー的存在だ。明るくて社交的で友達も多いし先生たちからの信頼もある。きっとうまくやってくれるだろう。
「んじゃ、帰るか」
「うん、そうしよっか」
クラスメイトたちはもうとっくに帰っている。教室に残っているのは僕たちだけだ。窓を閉め、施錠をして、当たり前のように並んで昇降口に向かう。
そういえば、文化祭の実行委員になってから毎日一緒に帰ってる気がする。歩きながら話す内容も文化祭のことがほとんどだ。
「迅堂たちの高校の文化祭、オレらの二週間前にやるんだっけ。見に行くのか?」
「そのつもり」
「一人で?」
「うん」
亜衣たちのクラスの出し物を覗くだけ。長居する予定はない。ちなみに、あっちの高校は現在テスト週間だ。最近迅堂くんがうちに来ていたのも亜衣と勉強するためだろう。それなのにエッチがどうとかいう話でケンカして。テスト勉強そっちのけじゃないか。
「オレも行く」
「え、行くの?」
「参考になるかもしれねーし、色々見て回りたい。まあ情報収集の一環てトコだな」
「なるほど」
土佐辺くんは本当に熱心だなぁ。僕は『参考にする』という発想がなかった。同じ実行委員なのに意識が違い過ぎる。
「亜衣たちの出し物以外も見る?」
「そうだな。一緒に行くか」
「行く!」
治安があまり良くない学校らしいから、実は一人で行くの少し怖かったんだよね。だから、土佐辺くんから誘ってもらえて嬉しい。
「じゃあ、また来週」
「またね」
最寄り駅で手を振って別れる。なんだかすごく充実した高校生活って感じだ。