第61話 8年越しの告白
迅堂くんに連絡をして、バイトが終わった後に時間を作ってもらった。
ひと気のない夜の公園の片隅。街灯に照らされたベンチに座って待っていると、ものすごい勢いで走ってきた自転車が目の前で急停止した。迅堂くんだ。
「瑠衣、待たせたな」
「ううん。ごめんね急に呼び出して」
「なんだよ他人行儀だな。構わねーよ」
バイトで疲れているだろうに、迅堂くんは嫌な顔ひとつせずに笑顔を見せてくれた。彼が優しい理由は僕が小学生の頃からの付き合いで、亜衣の兄で、気心が知れている相手だからだ。
想いを告げれば拒絶されるかもしれない。僕だけではなく、彼と亜衣の関係にも悪い影響が出てしまうかもしれない。それでも黙って終われなかった。ぜんぶ僕の身勝手な我儘だ。打ち明けると決めた今でもまだ踏ん切りがつかず、声が震えそうになっている。
「んで話ってなに? 家じゃマズいの?」
「うん。二人だけで話がしたかったから」
いつもとは違う雰囲気を感じ取ったか、迅堂くんは自転車から降りて僕の隣に座った。公園の錆びたベンチが軋んだ音を立てる。
「なんかあったのか? 力になるぞ」
「大丈夫だよ」
「文化祭の時だって衣装がボロボロになってただろ。もしかして、誰かにいじめられてるんじゃないだろうな」
そういえば、文化祭での惨状を見られていた。本気で心配されていると分かり、なんだか嬉しくなってしまう。
「迅堂くんはいつも僕たちを助けてくれるよね」
「当たり前だろ。見て見ぬフリなんかできるか」
彼は困っている人に手を差し伸べる。理由なんかない。恩に着せることもない。だから、無性に惹かれてしまうのだ。
「僕ね、迅堂くんが好きだったんだ。最初に助けてもらった時から、ずっと」
「へえ、……えっ!?」
迅堂くんは驚きで目を見開いた。
「最初って、小学生の時の話だろ?」
「そう。遠足で迷子になった亜衣と僕を探しにきてくれたでしょ」
「マジか……」
ついに彼は頭を抱えて唸り始めた。僕から恋愛感情を向けられていたとは思いも寄らなかったようで、かなり動揺している。しばらく沈黙が続き、重く気まずい空気が夜の公園に流れた。
「ごめん。気持ち悪いよね。迅堂くんが望むなら今後は可能な限り顔を合わさないようにする」
「はぁ? なんでそうなるんだよ!」
僕の言葉に、迅堂くんはバッと顔を上げる。
「だって、イヤじゃない?」
「んなワケあるか! 俺は自分の鈍さにあきれてんだよ!」
そう叫んでから、迅堂くんは再び頭を抱えて大きな溜め息を吐き出した。
「俺、今まで数え切れないくらい亜衣とのケンカを仲裁してもらってたじゃん? すげえ無神経だったよな。瑠衣の気持ちも知らずにさぁ。瑠衣のおかげで何度別れの危機を脱したことか」
「えっ、いや、そんな」
「俺だったら好きなヤツが誰かとうまくいくように応援するなんてできねえよ。絶対邪魔する自信ある」
迅堂くんは僕の気持ちを知らなかったこと、そのせいで僕にツラい思いをさせたのではないかと思い、悔やんでいる。
「あはは。亜衣とおんなじこと言ってる」
「え、そうなの?」
本気で好きなら自分以外との仲を取り持つなんてできるわけがない。僕の気持ちは亜衣ほど強くなかった。最初から諦めて、なんの努力もしてこなかったんだから。
「これからも亜衣の兄として二人の仲を応援する。今日はそれだけ伝えたかったんだ。ごめんね、変なこと言って」
「瑠衣から好かれてイヤなわけないだろ。でも、俺には亜衣がいるから」
「わかってるよ。お似合いだもん」
気持ち悪がられて当たり前だと思っていたから彼の反応は予想外だった。驚いてはいたけれど、真摯に話を聞き、受け止めてくれた。僕が好きだった人は本当に優しくて強い。
「君を好きになって良かった、ありがとう」
涙は出なかった。長年隠してきた気持ちを直接本人に伝えることができて、心のもやがすっきり晴れた気がする。
さよなら、僕の初恋。




