第60話 可愛い妹
迅堂くんに対する想いは生涯隠し通すと決めていた。亜衣の恋人で、僕も彼も男だから。そばに居られるだけで幸せだと思っていた。不毛な片想いが辛くなってきて、井手浦先輩に脅される前から諦めようと考えていた。
でも、八年分の想いは簡単には捨てられない。けじめをつけなければ、自分の中で終わらせることすらできなかった。
まず、僕は亜衣に全てを明かした。うまく話せない僕を急かすことなく、彼女は根気良く話を聞いてくれた。嫌な顔もせず、茶化しもせず、真剣な表情で受け止めてくれた。
「知ってたよ。瑠衣の気持ち」
僕の決意を聞いた亜衣が、あっけらかんと言い放つ。やはり気付かれていた。そんなに僕は分かりやすいだろうか。
「最初の頃は二人で『迅堂くんかっこいいね』って言ってたじゃん。それなのに、いつからか瑠衣はそーゆーの言わなくなったよね」
助けてもらった後、僕たちはしばらく二人で迅堂くんの素晴らしさを語り合った。それを聞いたクラスメイトから『瑠衣くん変だよ』って笑われて、初めて彼への想いがおかしいことなのだと知った。
「その頃からだよね。瑠衣がアタシを応援してくれるようになったのって。だからアタシは晃を追い掛けることができた」
明るく活発なガキ大将の迅堂くんに近付くため、亜衣は引っ込み思案な性格を変えた。彼に好かれる努力を惜しまなかった。
「時々悩み相談とかしてたでしょ? 実は瑠衣の反応を見てたんだ。アタシたちを別れさせようと思えば幾らでもできたのに、瑠衣は毎回親身になって仲直りできるように立ち回ってくれた」
わざと付け入る隙を見せて、僕の出方を観察していたのか。
「ぜんぶ自分のためだよ。亜衣が付き合い続けてくれれば、僕は迅堂くんのそばにいられるから」
「もし逆の立場なら、アタシにはそんなことできないよ。徹底的に仲が拗れるように嘘を吹き込んで別れさせちゃう!」
「はは、やりそう」
「でしょ~?」
怖いことを言いつつも、亜衣は笑顔を浮かべていた。いつもの明るく屈託のない笑みではない。労わるような、思いやるような表情を浮かべ、真っ直ぐ僕を見据えている。
「瑠衣の気持ちを知ってたのに、アタシは優しさに甘えて自分だけ幸せになってた。ごめん」
「僕こそ諦めが悪くて。僕のせいで迅堂くんと気まずくなっちゃったら本当にごめん」
「もう! すぐに謝るんだから!」
亜衣に抱き締められ、僕も抱き締め返す。
明るくて可愛くて優しい自慢の妹。
もうなにひとつ隠し事はない。
ようやく亜衣と心から笑い合えた気がした。




