第58話 祭りのあと
騒動の後、僕たちは教室に戻った。
土佐辺くんは女装用の衣装を破損してしまったので下はジャージ、上は黒いTシャツ姿で調理係に回された。僕は萌え袖のせいで給仕が出来なくなり、入り口で受付をしてお客さんを席に案内する係になった。
普通は段々と客足が減っていくものなんだけど、うちのクラスの『男装&女装カフェ』に限っては逆。休憩で立ち寄るのにちょうどいい立地らしく、食材が尽きるまでお客さんは途絶えなかった。余ったら後でみんなで食べようと思って多めに仕入れていたんだけど、嬉しい誤算だ。
文化祭閉幕後、一般のお客さんが帰ってから片付けをする。準備をしている時は大変だったけど終わってしまえばあっという間で、なんだか寂しくなってきた。
実行委員の仕事はもう終わり。明日からは土佐辺くんと放課後に打ち合わせをすることも無くなる。
「終わっちゃったね」
「終わったな」
着替えのために別室に移動するみんなを見送り、元通りに並べられた机や椅子を眺めた。夕焼けの色に染まった教室が寂しさを際立たせている。この空間から出たら、本当に文化祭が終わってしまう。なんとなく離れがたくて、僕たちは教室の隅っこに立ち尽くした。
「大変だったけど、楽しかった」
「ああ、楽しかったな」
檜葉さんや駿河くんを始めとしたクラスのみんなに助けられ、準備は順調に進んだ。でも、行事の責任者を務めるのはかなりのプレッシャーだった。今までクラスを取り仕切った経験はない。自分には向いていないからと言い訳して挑戦すらせず、いつも誰かに任せてきた。
そんな僕に土佐辺くんが声を掛けてくれた。彼がいなければ、こうして学校行事の終わりを惜しむ気持ちにはならなかっただろう。
「どうして僕を実行委員に誘ってくれたの?」
前にも聞いた質問をもう一度彼に問う。
はっきり言えば、適任者は他にもいた。
僕でなければならなかった理由はない。
「安麻田と仲良くなりたかったから」
「え?」
土佐辺くんの答えは以前とは違った。驚いて顔を上げると、彼の顔が赤く染まって見えてドキッとした。夕焼けの色がそうさせているのだと気付き、緊張を解く。
「今の学年で久々に同じクラスになれて嬉しかったんだ。でも、なかなか話し掛ける切っ掛けがなくて」
「僕、嫌われてると思ってた」
「それはない!」
実際、土佐辺くんからは目が合う度に顔を逸らされていた。だから、彼から一緒に実行委員をやろうと誘われた時はかなり驚いた。打ち合わせを繰り返すうちに普通に目を合わせてくれるようになったけれど、心のどこかで疑問に思っていた。
「オレの周りはいつも騒がしいだろ。安麻田はそういうの苦手だから、オレからは絡みに行けなかった」
「そうだったんだ」
土佐辺くんが普段連んでいるメンツは運動部の、いわゆる陽キャばかり。今回の文化祭で彼らに対する苦手意識は無くなったけど、以前なら絶対自分から話し掛けるなんてできなかった。
「土佐辺くんやみんなと仲良くなれて嬉しいよ。切っ掛けをもらえて良かった。ありがとう」
笑ってお礼を言うと、彼も笑顔を返してくれた。着替え終えたクラスメイトたちがちらほら教室に戻ってきたので、僕たちも着替えるために控え室代わりの空き教室に急いだ。
「ジャージありがとう。洗って返すね」
「そのまま返してくれてもいいけど」
「ダメだよ。直接着ちゃったから汗とか」
「そ、そうか」
よく考えたら、ジャージの上着を羽織る前に制服のシャツとか着ておけば良かったんだよね。ドタバタしてたから、うっかり素肌に着てしまっていた。
「土佐辺くん、スカート破れたのお姉さんに怒られたりしない?」
「もう着ない服だって言ってたから大丈夫だと思う」
「もし怒られたら僕のせいだって言ってね。お詫びしに行くから」
「安麻田のせいじゃねーって」
少し遅れて教室に戻ると、みんなが「お疲れー!」と拍手で出迎えてくれた。今まで我慢してたのに、そこで僕の涙腺は完全に決壊してしまった。




