第57話 あの日の後悔
そのまま土佐辺くんは二階の窓から飛び降り、僕と先輩の間に着地した。タイトスカートはスリット部分が大きく裂け、黒いストッキングに包まれた脚が見える。
「今のやり取り撮らせてもらった。脅迫と暴行未遂。下手すりゃ退学になるかもな? 井手浦」
「またおまえか……!」
土佐辺くんが手にしたスマホ画面をタップすると、先ほどの先輩と僕のやり取りを上から撮影した動画が再生された。まるで先輩が女の子を無理やり襲い、服を破っているようにも見える。
「安麻田、大丈夫か」
「う、うん」
引っ張られて襟元が伸びたニットは腰の辺りまで落ちてしまっている。上半身裸のまま立ち尽くす僕に、土佐辺くんは自分が着ていたスーツの上着を貸してくれた。
「警察に突き出してやりたいところだが、あいにく文化祭の真っ最中だ。今回だけは見逃してやる。金輪際コイツと妹に近付くな。大学の推薦を取り消されたくはないだろ?」
「くっ……!」
騒ぎを聞きつけたギャラリーが集まってくる。先輩は下唇を噛み、逃げるようにこの場から立ち去った。後に残された僕たちは互いの服が悲惨なことになっていることに気付き、すぐに校舎内へと逃げ込んだ。人目を避けながらクラスの控え室に入り、戸を閉めて床にへたり込む。
「はぁ~……今度こそもうダメかと思った」
「オレもちょっと無茶した」
「ホントだよ! 二階から飛び降りるなんて」
土佐辺くんを見れば、タイトスカートだけではなくストッキングもところどころ破れていた。怪我はしていないけど、足を少し痛めたみたい。僕を助けるために彼はボロボロになっている。申し訳なさで胸が痛む。
「悪かったな安麻田。ホントはもう少し早くに助けに行けたんだけど、決定的な証拠が欲しくて上から様子を見てた。怖かっただろ」
「ううん大丈夫。でも、よく僕の居るところが分かったね」
先輩が人を使って僕を誘き寄せたのは少し入り組んだ校舎の陰。すぐに見つけられないような、ほとんど人が通らない奥まった場所だ。
「詰め所でメガネから『井手浦が来てる』って教えてもらったから、メイド喫茶への案内は途中で他のヤツに任せてすぐに後を追い掛けたんだ」
「そうだったんだ」
話し掛けられていたのはその件だったのか。いつの間にかメガネの先輩も土佐辺くんの情報源に加えられている。
「さっきの啖呵、凄かったな」
「土佐辺くんも。まさか助けに来てくれるなんて思わなかったよ。ヒーローみたいでカッコ良かった」
素直な感想を伝えると、土佐辺くんは少しだけ寂しげな表情を見せた。
「……あの時も、オレが助けたかったよ」
「え?」
なんのことだろう。彼はいつも僕のピンチに駆け付けてくれているのに。詳しく聞こうとしたら教室の戸が勢い良く開いた。
「あなたたち、ボロボロじゃないの!」
「あーあ、こりゃヒドいわね」
入ってきたのは檜葉さんと亜衣、そして迅堂くんだった。控え室に入ってから、土佐辺くんがメールで連絡していたらしい。ここに来る途中で亜衣たちに会い、一緒に来たんだとか。僕たちの格好を見て、三人は驚いている。
「悪い。色々あって服がダメになっちまった」
「ひどい有り様ね。お客さんの前に出せないわ」
「この後接客のシフトが入ってるんだが、どうしたもんかな」
シフトを変わってもらうと他の人たちの自由時間が減ってしまう。『男装&女装カフェ』ではあるが、制服かジャージに着替えて接客するしかないだろう。土佐辺くんは早速自分のカバンからジャージを取り出している。
「亜衣、ごめん。ニット駄目にしちゃった」
「んも~、なにをどうしたらこんなになるワケ? ま、色違いあるからいいけどぉ~」
その色違いは亜衣が今着ているものだ。
「あ、コレ着る~? アタシ、下にチューブトップ着てるから」
「「駄目だ!」」
自分が着ているオフショルダーのニットを脱ごうとする亜衣を僕と迅堂くんが同時に止める。いくら下に着ているとしても、女の子が人前で服を脱ぐなんてはしたない。即座に止められた亜衣は不満げに唇を尖らせるが、すぐになにかを思い付いたようで、土佐辺くんに向き直った。
「長袖のジャージ持ってる? 貸して!」
「オレが今から着るんだけど」
「上だけでいいから!」
「はぁ?」
どうするのかと思ったら、土佐辺くんから借りた長袖ジャージの上着は僕が着ることになった。体格差があるので袖が余って手が出ない。腕まくりしようとしたら、檜葉さんと亜衣が僕の手を掴んで止めた。ダボッとしたジャージからチラリと覗く膝丈スカート。さっきの服装より露出はかなり減っている。
「どぉ? 『萌え袖』プラス『彼氏からジャージ借りた彼女』感あるでしょ?」
「いいわね。安麻田くん、これで出ましょう」
「ええ……こんなんでいいんだ」
確かに以前『露出少なめでゆったりした服がいい』とは言ったけど、これは女装と言えるのだろうか。あと、萌え袖ってこういうのだったんだ。
「瑠衣、似合ってるぞ。なぁ土佐辺!」
迅堂くんが同意を求めると、なぜか土佐辺くんは両手で顔を覆い隠していた。どういう反応?




