第53話 恥じるな
「いつから気付いてたの?」
誰にも言わなかったのに、僕の気持ちは知られていた。疑問に思って尋ねてみれば「小学生の頃から」と言われ、苦笑いを浮かべる。やっぱり僕は相当分かりやすいらしい。
「流石に、あの頃から今までずっと好きだとは思ってなかったよ。でも、文化祭に一緒に行った時に分かった」
先輩に隠し撮りされた写真を見なくても、お化け屋敷から出た後、迅堂くんが出て少し話をした場には土佐辺くんも居合わせていた。直接僕の表情を見ていたのだ。気付かれて当然なのかもしれない。
「僕、おかしいよね。迅堂くんは中学の頃から亜衣と付き合ってるのにまだ好きなんてさ。そのせいで先輩にバレて、脅されちゃって」
震える声で弱音をこぼせば、土佐辺くんは首を横に振って否定した。
「オレが着く前に変なことされなかった?」
「だ、大丈夫」
「それなら良かった」
危うくキスされるところだったとは言えない。なにもなかったと聞いて、土佐辺くんはホッと息を吐き出した。
しん、と空き教室が静まり返る。土佐辺くんと並んで床に座り、どこからか聞こえてくるざわめきに耳を傾ける。午後の授業が始まったのだろう。廊下を歩く足音はしなくなった。沈黙が気まずい。なにか話さなくては、と思えば思うほどうまく頭が回らない。
「あの、本当にごめんね。僕のせいで」
「なんで謝るんだよ。安麻田は被害者だろ」
「でも、」
僕が普通に女の子に恋をしていたらこんなことにはならなかった。同じ男、しかも双子の妹の彼氏が好きだなんて。人には言えないような想いを抱いていたから付け込まれてしまったのだ。
「誰を好きになろうと安麻田の自由だろ。妹から奪おうとしたわけでもないのに他人からとやかく言われる筋合いはねぇ」
うつむく僕を励ますように、土佐辺くんが強い口調で言い切った。
「だから、恥じるな。好きだって気持ちを間違いだなんて思わなくていい」
「……っ」
この恋心を知られたら、嫌われたり気持ち悪いと罵られると思っていた。でも、土佐辺くんはありのままを受け入れてくれる。励ますような言葉をくれる。心から僕を心配してくれているのだと伝わってくる。
「なんでそんなに優しくしてくれるの」
「……友だちだろ。当たり前だよ」
「うん。土佐辺くんが居て良かった」
また涙をこぼす僕を見て、土佐辺くんは「さっきより酷い顔だな」と肩を揺らして笑った。
「こう言ったらアレだけど、おまえの気持ち、妹には気付かれてると思う」
「うそ!」
「いや、だって、安麻田分かりやすいし」
「そんなに!?」
「実際、井手浦にも一発でバレてたじゃねーか」
確かに、普段から表情や態度に全部出ていたならバレていてもおかしくない。これでも必死に隠してたんだけど。
「迅堂は鈍いから気付いてない可能性あるけど」
亜衣はともかく、迅堂くんには知らないままでいてほしい。彼から軽蔑されたり避けられたりしたら、僕はきっと立ち直れない。
「迅堂くんへの気持ちはもう捨てる。どのみち諦めるつもりだったんだ。踏ん切りがつかなかったけど、今回のことで身に染みた」
「そっか」
僕の言葉に、土佐辺くんは小さく頷いた。八年ぶんの片想いだ。完全に無くすには時間が掛かると思う。でも、もうやめなきゃ。
「それはそうと、井手浦がまた何か仕出かさないように釘を刺しておかねーと」
「もう大丈夫じゃない?」
「甘い。もうウチの生徒に成りすますことはないと思うが、工科高校でおまえの妹にまた手を出すかもしれないだろ」
「そ、それは困る!」
先輩の関心が僕に移ったから亜衣は解放されたんだ。僕に手を出せなくなったら亜衣のほうに行くかもしれない。そうしたら、再び迅堂くんが嫉妬で焦って暴走してしまう。
「とはいえ、井手浦は他校の生徒で、出身中学もオレらと違うんだよな。さぁて、どうしてくれようか」
弱みを握って脅すつもりなのか。先輩を止めるなら、それくらいしないと駄目なのかもしれない。
「メガネの先輩は?」
「アイツも口止めされてるらしくて、たいしたことは教えてくれなかったんだよ。無関係のヤツをこれ以上巻き込んでも悪いし、他を探す」
土佐辺くんは片手でスマホをいじりながら連絡先一覧を眺めている。彼の情報源はこの学校の生徒だけに留まらないらしい。
「とりあえず亜衣に注意するよう伝えておく」
「絶対相手するなって言っとけよ。……双子でも性格ぜんぜん違うのに、おまえらの顔がよっぽど好みなんだろうな」
顔で好かれても嬉しくなんかない。写真で脅されるまで、先輩は優しい人だと思っていた。距離感近くてすぐ触ってくるところはちょっと苦手だったけど、話しやすくて楽しかった。悲しさと悔しさで、また涙が目尻からこぼれ落ちる。
「い、いい人だって思ってたんだ。土佐辺くんから気を付けろって言われてたのに」
「そう思われるように振る舞ってたんだろ。安麻田が悪いわけじゃない」
「うん……」
僕が泣き止むのを待ってから保健室に向かい、体調不良ということにして休ませてもらった。色々あったからか、僕は横になるとすぐ寝落ちてしまったらしい。土佐辺くんはベッド脇の丸椅子に座り、ずっと付き添ってくれていた。
「安麻田くん、大丈夫か!」
「ごめん、もう平気だから」
放課後、駿河くんが僕たちのカバンを持ってきてくれた。よほど心配だったようで、僕の額に手を当てて熱がないか確認したり、飲み物を買ってきてくれたり。あんまり騒ぐものだから養護教諭の先生に怒られたりした。
その日は三人で一緒に帰り、家の前まで送ってもらった。




