第5話 ケンカの理由
怒る亜衣を宥めて理由を聞くと、やはりエッチするかしないかで揉めたらしい。
「信じらんない! ヤることしか考えてないとか、アタシの気持ちなんかどーでもいいんだ晃のバカ!」
「えーと……」
どうしよう。内容が内容だけに何と言っていいか分からない。ていうか、僕の助言が切っ掛けで二人の仲が拗れたんだとしたら申し訳ない。
「ご、ごめん。僕がもっと役に立つアドバイスが出来たらいいんだけど」
「瑠衣は悪くない。悪いのは晃!」
今回は落ち込むというより怒り狂っている。それほどまでに二人の意見は食い違っていたのか。
「早く童貞捨てたいとか、そんなん知らないっつーの! むかつく」
その発言が事実ならば確かに最低だ。いくら僕がフォローしても当の本人がそんなんじゃ意味がない。このままでは二人がケンカ別れしてしまうかも。もし別れたら、迅堂くんはウチに来なくなる。ただでさえ学校が違うのだ。亜衣という接点が無ければ会う機会が無くなる。たまに顔を合わせて、ひと言ふた言話せるだけで嬉しいのに。
「迅堂くんは良くも悪くも正直だから、亜衣が望むような言葉が言えないだけだよ」
「……」
「なにが嫌か、亜衣はちゃんと説明できる? うまく言えないよね。迅堂くんも同じだよ」
「そうかな」
僕の言葉に、亜衣は少しだけ気を鎮めた。
「直接顔を見ながらだとお互いヒートアップしちゃうだろうから、メールで納得できるまで話し合ってみたら?」
「メールにしても変わらないよ」
「ううん、一度文章にすると意見を客観的に見れるようになるんだ。送信する前に読み返せば、ちゃんと伝わるように言葉を選べるだろ?」
二人とも感情を隠せないタイプだから、不満があると顔と態度に出てしまう。だから、ケンカした時は直接会って話すよりはメールのほうがいい。どっちが何を言ったか記録に残るし、メッセージを打ってる間に冷静になれる。
「亜衣は迅堂くんが好きなんだろ?」
「うん」
「じゃあ仲直りしないとね」
「うー、でもぉ」
亜衣はまだ渋っていた。メールを送るにしてもどうしたらいいか分からないんだろう。スマホ画面を睨みつけながら唇を尖らせている。もう怒りは治ったみたいだけど、自分から謝ったりするつもりはないみたい。まあ、今回亜衣は悪くないんだから当たり前か。
すると、亜衣の手の中のスマホが震えた。
『さっきはごめん。悪かった』
迅堂くんから短い謝罪のメールが届き、亜衣が目を丸くした。
「瑠衣、さっきの話、晃にもしたの?」
「してないよ」
「だって、晃が自分から謝るなんて!」
スマホ画面を僕に見せながら、亜衣が嬉しそうに声を弾ませている。さっきまでの仏頂面が嘘みたいな笑顔だ。
「それだけ迅堂くんは亜衣が大事なんだよ。口下手かもしれないけど、そういうトコ含めて好きなんだろ?」
「うんっ!」
素直に好きだと言える亜衣が羨ましい。僕と同じ顔をしているのに性格は真逆だ。喜怒哀楽を隠さない亜衣は家族の欲目を抜きにしても魅力的だと思う。
「見て見て。『さっき嫌な態度しちゃったから瑠衣にも謝っておいて』だって。自分で言えばいいのにねー」
「僕は気にしてないって返事しておいて」
「はいはーい」
迅堂くんはカッとなりやすいけど、自分に非があればきちんと認めて謝罪できる人だ。だからこそ亜衣も僕も彼に惹かれている。
「でも、すぐヤリたがるとこは嫌ーい! 同じ男でも瑠衣はそんなことないのにねー」
「あはは、僕は参考にならないかも」
これは亜衣にも教えてないことだけど、そもそも恋愛対象が女の子じゃないからね。
「瑠衣の学校の男子も晃みたいな感じ?」
「ど、どうかなぁ」
うちは進学校だから、亜衣の学校と比べれば生徒のお行儀は良いほうだと思う。教室内で騒ぐことはあっても堂々と猥談をするような猛者はいない。というか、男友達とそんな話したことがないから分からない。みんな実は陰でそういった話をしているのかな。
「参考までに聞いてきてよ!」
「はぁ!?」
「アタシの友達じゃ参考にならないもん」
そりゃそうだろうよ。
普通の男子高校生の意見を集めれば平均値が求められるのでは、と思う気持ちは分かる。でも、そんな話題を振れるような友達は僕にはいない。亜衣のために一肌脱いであげたいけど、どうしよう。