第45話 嘘
土佐辺くんに嘘をついて、僕は先輩の元に向かった。
「やあ瑠衣くん。昨日は来なかったね」
「……勉強会は終わったので」
初めて会った時、毎日のように図書館に来ていたのはテスト前の勉強会に参加していたから。もう中間テストは終わった。元々この図書館の利用カードすら持っていなかったのだ。通う習慣など無いし、なにか用事でもなければ来ることはない。そう答えれば、先輩は目を細めて笑った。
「今日来たのは偶然? それとも、彼が居れば俺が近寄ってこないと思った?」
どちらも当たっていて、黙って目を伏せる。先輩の狙いはなんなのだろう。からかいたいのか脅したいのか分からない。どちらにせよ、僕にとって嬉しくないことだけは確か。
「あんまり警戒しないでよ。俺は瑠衣くんと仲良くしたいだけなんだからさ」
黙り込む僕に一方的に話し掛ける先輩。思えば最初からフレンドリーな態度だった。話し相手には向かないであろう僕に対し、いつも笑顔で明るく気さくに声を掛けてくれた。でも、距離感の近さに戸惑うばかりだった。
「スマホ持ってる? 連絡先教えてよ」
「え」
「彼に不審に思われるよ。早く」
「あ、はい」
そうだ。トイレに行くと嘘をついて離れたのだ。早くカウンターに行かないと、土佐辺くんが探しに来てしまう。
僕のスマホと自分のスマホを操作して、先輩は慣れた手付きで連絡先を登録した。
「これ、俺だから」
新たに登録されたメールアドレス。名前は『S・I』となっていた。先輩のイニシャルだろうか。
「メールするからね~」
「あ、あの」
先輩は連絡先を交換しただけですぐにどこかへ行ってしまった。結局、彼の目的はまだ分からない。これから対価を要求されたり脅迫されたりするのだろうか。
重い足取りでカウンターに向かえば、既に本を借りる手続きを終えた土佐辺くんが待っていた。
「遅かったな。体調悪いのか?」
「ううん、大丈夫」
「そんならいいけど」
無理に笑顔を繕えば、あまり納得していなさそうな表情ではあるが、それ以上は聞かれずに済んだ。心配してくれたのに嘘をついて誤魔化してばかり。
駅までの道を並んで歩く。重い本は当たり前のように土佐辺くんが持ってくれていて、そこにも申し訳なさを感じた。
「さっきの安麻田の案、檜葉に相談してみるか。写真撮るならモデルと服がいるだろ。女子に頼んで作ってもらおう」
「そうだね」
「オレたちは借りた資料を見て、言葉から服の形をイメージ出来ないものをピックアップしておくか」
「うん、じゃあ僕んちに」
そこまで言って、ふと気付く。なんだかんだで上手くいかなかったけど、先週は二人の邪魔をしないように帰宅時間を遅らせたりもした。今日、迅堂くんのアルバイトはお休みだったはず。図書館に寄ったから、既に普段の帰宅時間より遅くなっている。これから帰宅して、もし亜衣と迅堂くんが何かの真っ最中だったら。何より、その場に土佐辺くんが居合わせたらマズい。
「あっ、あの」
「うん?」
「今日ちょっと都合悪くて。だから、土佐辺くんのうちにお邪魔してもいい?」
先輩が居なければ閉館時間まで図書館に残っていたかった。理由もなく遅くまで土佐辺くんを付き合わせるわけにはいかない。かと言って、一人で居残っていれば先輩に捕まってしまう。
僕の言葉に土佐辺くんは目を丸くした。突然こんなこと言われて迷惑だったかもしれない。
「……オレんちに来たいの?」
「う、うん」
「いいよ。散らかってるけど」
「ホント? ありがとう!」
断られなくて良かった。




