第43話 衣装の相談
文化祭の準備は予定より順調に進んでいた。幾つかの班に分けることで効率よく作業が分担できており、時々経過を確認するだけで済む。実行委員なんて責任重大だと思っていたけど、土佐辺くんの言う通りそこまで気負うほどではなかった。いや、彼の前知識と下準備のおかげか。
「衣装のことで相談したいんだけど」
昼休み。いつものように駿河くんと机を合わせて一緒に食べていたら檜葉さんが割り込んできた。近くの席から椅子を持ってきて座る。
「男モノの服を借りるアテがない子がいるのよ。安麻田くん貸してくれない?」
「え、僕?」
「そう。男子の中であなたが一番小さ……ンンッ、小柄だから」
それ言い直す意味あった?
まあ、クラスの男子の中で一番背が低いのはホントのことだからいいけど。
クラス内での服の貸し借りも最初から想定していたことだ。実行委員だし、もちろん協力は惜しまない。
「構わないけど、僕の服でいいの?」
「安麻田くんは臭くなさそうだから」
なにその判断基準。他の男子も別に臭くは……いや、朝練後のスポーツ推薦組は若干汗臭いかもしれない。
「ちなみに、普段どんな私服を着ているの? 黒くてやたらベルトや鋲が付いてたり謎のダメージ加工がされている服ならやめておくわ」
檜葉さん?
僕をなんだと思ってるの?
「べつに普通だと思うけど。この前出掛けた時の写真でも確認する?」
「写真があるなら参考までに見せてくれる?」
「ちょっと待ってね」
スマホを取り出して画像フォルダを確認してみたが、看板や内装、展示の写真ばかり。お化け屋敷で記録保持者の記念写真が貼られた掲示板を撮った写真はあるけど、これでは着ている服が見えにくい。次に行ったカフェコーナーでクッキーを食べている土佐辺くんの写真はあった。自分の写真はない。当たり前か。
「土佐辺くん、ちょっといいー?」
離れた席で他の人たちとお昼を食べてた土佐辺くんに声を掛け、こっちに来てもらう。
「どうした安麻田」
「この前の文化祭で撮った写真ある? 僕が写ってるのがあったら見せてほしいんだけど」
「あるけど、なんで?」
「女子に服を貸すことになるかもしれなくて、それで僕が普段どんな服着てるか見たいんだって」
「ああ、なるほど」
檜葉さんをチラリと見てから、土佐辺くんは自分のスマホを操作して写真を探し始めた。
「全身が見たいならコレかな」
スマホ画面にはジオラマの展示を見ながらはしゃぐ僕の写真が表示されている。確かに全身写っているが、いつのまに撮っていたんだろう。
「ん~、安麻田くんが着てるからかしら。この服、女子が着てもただの『ボーイッシュな女の子』にならない?」
「えっ!?」
いちおう男モノの服なのに。
「もうちょいアップの写真ある?」
「んじゃコレ」
次に土佐辺くんが見せたのは、カフェコーナーでミニパンケーキを食べている僕の写真だった。
それを見た檜葉さんと駿河くんは無言で顔を合わせ、チラッと僕を見てから何度か頷いた。なんだ、なんのやり取りだ今のは。
「安麻田くんの私服の傾向はよく分かったわ。また相談させてね」
「う、うん」
「土佐辺くんも、写真ありがとう。色々と参考になったわ」
「お、おう」
にっこり笑って檜葉さんは去っていった。
「なんだったんだろうね、今の」
「さあ?」
土佐辺くんが自分の席に戻っていった後、何故か駿河くんは神妙な顔付きでおにぎりを食べている。さっきの謎のアイコンタクトといい、檜葉さんと仲良くなってるよね。
「駿河くんはもう借りる服決まった?」
「ああ、前の日曜に」
「どんな服?」
「ドルマンスリーブのカットソーと……」
「出た、呪文! なにそれ」
「女性の服の形状を表す言葉だそうだ」
「全くイメージできないんだけど」
「俺も実物を見るまで分からなかった」
普通はそうだよね。
男には馴染みが無さ過ぎるもん。
「貸すほうも決まった?」
「ああ。持参した服を試着してもらって、問題なかったからそのまま置いてきた」
「へえ……エッ?」
日曜に試着させて、置いてきた?
つまり、駿河くんが檜葉さんちに行ったってこと?
「檜葉さんの部屋に入ったの?」
周りに聞こえないよう小さな声で尋ねたら、「そうだが?」と平然と頷かれた。仲は良くなったみたいだけど、異性として意識しているわけではないのかもしれない。




