第42話 引き留めた理由
亜衣の誤解はすぐ解けた。ついでにメイド服のサイズが合っていないところを実際に見てもらう。
「ファスナーが閉まらないくらい良くない~?」
「背中が出ちゃうの! それ以前に、肩より上に腕を上げようとすると破れそうになるんだってば」
ギリギリまで腕を上げると縫い目が軋む。その様子を見て、亜衣もようやく納得してくれた。
「昔は同じ服着れたのにねぇ」
「それ小学校の頃の話だよね」
「今もあんまり変わらなくない?」
「高校生だよ? 無理があるって」
僕たち双子は小学生時代、母さんの趣味で全く同じ服を着ていた。見分けがつかないとクラスメイトや先生からよく言われたものだ。
「亜衣、迅堂くんは?」
「今日はバイトの日~」
「ああ、月曜だもんね」
迅堂くんにメイド服姿を見られなくて助かった。
「土佐辺くんも女装すんの?」
「当然。全員参加だからな」
「うわ見たい! 絶対遊びに行く」
僕がメイド服から部屋着に着替えてる間、亜衣は土佐辺くん相手に談笑していた。我が妹ながら、ホントに物怖じしないヤツだ。
「服は決まってるの?」
「姉貴から借りる」
「どんな服?」
「文化祭までナイショ」
なんと、土佐辺くんは既に衣装を決めたらしい。僕より背が高くてがっしりしているのに着られる服があるんだろうか。
「うちの姉貴、学生時代バレー部でさ。身長がオレとほぼ変わらないんだよ。だから大抵の服は着れる」
バレーをやると背が伸びるんだっけ。背が高い人がバレーやるんだっけ。土佐辺くんのお姉さん、きっとスラッとしてカッコいいんだろうな。
「楽しみだね文化祭」
「そうだな。安麻田も早く衣装決めろよ」
「亜衣がまともな服を貸してくれたらね」
「なにそれ、あたしの服は全部普通よ!」
前に貸そうとした服、ぱんつが見えそうなくらい短いミニスカートだったじゃないか。
「じゃあ、オフショルかチューブトップのトップスで肩とデコルテ見せてぇ、ミモレ丈のスカート合わせよっか。マキシ丈もいいけど、瑠衣の脚キレイだから少しは出したいんだよねぇ~」
「え、なに? 呪文?」
「服の種類だってば!」
服の形を表す言葉なの?
全然イメージできないんだけど。
土佐辺くんは顎に手を当て「サイズが合えばいいんじゃないか?」と頷いている。あれで意味が通じたのか。さすが物知り。
その後も三人で僕の部屋で喋っていたら母さんから電話がきた。例の如く、用件は『ゴハン炊いといて』だ。
「僕ちょっと台所行ってくる」
「あー、オレそろそろ帰るよ」
「もう少しゆっくりしていきなよ」
「日が暮れるし、腹も減ったから」
確かに、窓から見える空は夕焼けから徐々に夜の色に変わりつつあった。いつのまにこんなに時間が経っていたんだろう。なんだかんだで楽しかったから、あっという間だったな。
先に僕が階下に降り、後から土佐辺くんが降りようとしたけど「ちょっといい~?」と、二階の廊下に立つ亜衣が土佐辺くんを呼び止めた。ニッと笑いながら手招きしている。
「瑠衣はおコメ研いできて!」
「なんだよそれ……」
土佐辺くんを見送ってからやろうと思ったのに。話があるならさっき話しておけよ。
コメを洗い、炊飯器のスイッチを入れて玄関に向かうと、ちょうど土佐辺くんが階段から降りてくるところだった。
「亜衣が引き留めてごめんね。話、なんだった?」
「んー、たいしたことじゃねえよ。安麻田が学校でうまくやってるかとか聞かれただけ」
「ええ……なんて答えたの?」
「毎日エンジョイしてるって言っといた」
なんだそりゃ。