第40話 不安と気遣い
週明けの月曜。
「特攻列島、二巻まで読めた」
「もう? 読むの早いね」
「無人島編が面白くてさ」
今朝も駅のホームで土佐辺くんと一緒になった。先日貸した小説の話をしながら電車に乗り、学校へ向かう。
中間テストも無事終わったし、そろそろ文化祭の準備に本格的に取り掛からなくてはならない。他校の文化祭を見にいったおかげで具体的に何をするべきかが分かった気がする。思ったままを伝えると、土佐辺くんは「さすが相棒」と嬉しそうに笑った。
ごめんね土佐辺くん。
僕は不安を紛らわせたいだけなんだ。
クラスのためじゃなくて自分のため。
これも知られたら呆れられるのかな。
午前の授業は全然頭に入ってこなかった。ぼんやりし過ぎて先生に注意され、みんなに笑われたりした。
「安麻田くん、体調が悪いのかい?」
「ううん、別に」
「だが、朝からボーッとしてるだろう」
「……」
昼休み。一緒に食べている時に駿河くんから指摘された。視線を落とせば、机の上には今食べてるサンドイッチの具がボロボロと散らばっていた。無言で拾って片付ける。相当ぼんやりしてたみたい。
「ごめん、考え事してて」
「文化祭の件か? 忙しいなら俺にも仕事を振ってくれて構わないが」
「あ、いや、うん。でも……」
どうやら駿河くんは僕が実行委員の仕事に追われて疲れ果てていると思っているようだ。まだそこまで忙しくないし、考えていたのも別件だ。それなのに心配を掛けてしまった。
「そんじゃ、ひとつ頼まれてもらおっかな」
いつから聞いていたのか、土佐辺くんが割り込んできた。手には数枚の書類を持っている。
「各班の経費の試算なんだけど」
「ふむ、いいだろう」
書類には各班に割り当てられた予算と購入予定の品物や個数などが箇条書きで書き出してあった。飲食の販売価格や売り上げ目標などの項目もある。
駿河くんは書類を受け取ると、すぐに自分の机に戻って計算を始めた。空いた席に入れ替わりで土佐辺くんが座る。
「安麻田、どうした」
「どうもしないよ」
「おまえ変だぞ。何かあったか?」
駿河くんだけじゃなく、土佐辺くんにも気を遣われている。普段通り振る舞っていたつもりだったけど、あの事が頭の片隅にあって、少しでも暇があると考えてしまう。幾ら考えたところで何も変わりはしないのに。
「……やっぱり体調悪いかも」
「保健室で休むか?」
「ううん、じっとしてれば治るから」
これ以上心配掛けないようにしないと。
無理やり笑ってみせると、土佐辺くんは真っ直ぐ僕の目を見つめてきた。心の内が見透かされそうで、反射的に顔を背けてしまう。
「今日は居残りは無しだ。家まで送る」
「え、でも、実行委員の仕事は」
「そんな状態でまともに出来るかよ」
「……ごめん」
確かに、今の僕じゃ致命的なミスをしそう。役に立つどころか足を引っ張ってしまう。
「大丈夫。面倒な仕事は駿河に任せたし、後は各班のリーダーがそれぞれ動く。オレたちは全体の進行具合をチェックするだけでいい」
そう言っている間に、駿河くんが先ほどの書類を持って戻ってきた。
「各班への予算の配分、直近十年ぶんの文化祭のデータから想定されるおおよその来場者数、消耗品と販売物の必要個数、仕入れ価格その他諸々をザッと計算してみた。確認してくれ」
「え、もう!?」
頼んでから十分も経っていないのに、ありとあらゆる試算を全て終わらせたというのか。
「な? 適材適所だろ」
「う、うん」
進学校学年トップは伊達じゃない。