第28話 仲直り
先輩が去った後も、土佐辺くんとは特に話をすることもなく図書館の閉館間際まで勉強を続けた。駅に向かう道でも電車内でも会話はなく、最寄りの駅に到着してからも無言のまま。
「じゃあ、また」
「おう」
怒ってるというより何か考えてるみたい。かろうじて返事をしてくれたけど、僕の顔を見ようともしない。せっかく仲良くなったのに気まずくなるのはイヤだ。このまま別れたら、気になって明日のテストにも響いてしまう。
背を向ける土佐辺くんを追い掛け、手を掴む。驚いて振り向く彼と目が合った。昼間に仲違いしてから初めて顔をまっすぐ見た。珍しく困惑した様子の土佐辺くんに、胸の内を打ち明ける。
「僕を心配してくれたんだよね」
「あ、ああ」
「それなのに言うこと聞かなくてごめん」
彼は僕を心配してくれただけ。そのことについて謝ると、彼は少し表情を緩めて小さく頷いた。
「今日は閉館まで付き合ってくれてありがとう。おかげで寂しくなかったし勉強も捗った」
一人だったらきっと集中出来なかった。彼が隣で黙々と頑張っていたから僕も頑張れたんだ。あと、先輩と二人だけになるのも何となく抵抗があったから、土佐辺くんが居てくれて助かった。険悪な雰囲気になっちゃったのは困るけど。
「テスト最終日、頑張ろうね」
「おう、負けねーからな」
やっと土佐辺くんが笑顔を見せた。ケンカしたわけじゃないけれど、気まずいまま別れてしまわないで良かった。
薄暗い住宅街の路地を歩いていると、向かいからやってきた自転車が目の前で急停止した。迅堂くんだ。彼は自転車から降り、片手を軽く上げてこちらに笑い掛けてきた。
「瑠衣、遅かったな」
「迅堂くん、いま帰り?」
「そ、お前んち寄ってきた」
短い会話の中で様子を伺う。いつもと変わらない態度だ。亜衣とは何もしなかったんだろうか。
迅堂くんと別れて帰宅する。玄関で靴を脱いでいると、ものすごい勢いで亜衣がリビングから走ってきた。その表情は険しい。
「どうしたの亜衣」
「どうしたもこうしたもないわ! 瑠衣が帰ってくるのが遅いのが悪いんだから!」
口を開いた途端に僕への文句が飛び出してくる。やはり何かあったのか?僕がわざと帰宅時間を遅らせたことで、もしや無理やり迅堂くんに襲われたとか。
「見てよコレ! 晃ったらゴハン炊くどころか、冷蔵庫にある材料で料理作ったのよ? アタシなんにも出来ないのに!」
「……は?」
亜衣によると、母さんからメールでコメを炊いておくようにと頼まれたがうまく出来ず、見兼ねた迅堂くんが代わりにやってくれたのだとか。
キッチンには彩りの良い温野菜のサラダと具沢山のおみそ汁が鎮座していた。母さんがメインのおかずを買ってくると知っているから、それ以外で作ってくれたのだろう。
「アタシ女なのに料理も出来ないってバレた~!」
「ひ、人には向き不向きがあるから……」
コメの研ぎ方、昨日教えたばかりなんだけどなぁ。身に付かないのは本人のやる気がないからかと思っていたけど、亜衣の嘆きっぷりをみると恐らく料理の才能が壊滅的に無いのだろう。その上、普段から何も手伝いをしていないのだから上達するわけがない。
さっき会った迅堂くんといい、今の亜衣といい、いつもの様子と全く変わりなかった。これは何も進展してないな。せっかく二人きりになれる時間を作ったっていうのに。
お膳立てしたくせに、何もなかったことにホッとしている。僕は本当にどうしたいんだろう。




