第27話 鉢合わせ
平日昼間の図書館は閑散としている。自習スペースに陣取っているのは僕と土佐辺くんだけ。隣り合った席に座り、教科書とノートを広げて明日のテスト教科を復習する。
「現代文の範囲ってここまで?」
「いや、変更されてたから次の項目まで」
「ありがとう、助かる」
こんな風に小さな声でやり取りするくらいで、あとは黙々と机に向かっている。シャーペンでノートに書き込む音と、遠くで誰かが本をめくる音だけが耳に届いた。
キリの良いところまで終えて顔を上げると、隣に座る土佐辺くんはまだ参考書に視線を落としていた。真剣な横顔に、どきりとする。
土佐辺くんは何でも知っている。以前は羨んだこともあるけれど、彼の優秀さは地道な努力の上に成り立つものだ。頑張っている姿を見る度に僕も頑張らなくては、と思う。
「ん? なに?」
「なんでもない」
視線に気付いた土佐辺くんが僕のほうを見てニッと笑うので、慌てて教科書で顔を隠した。
少し前まで目が合いそうになる度にそらされていたけれど、最近はそんなこともなくなった。同じ文化祭の実行委員になった頃からだ。あれ以来、話す機会が増えたから仲良くなれたのかもしれない。それまでは嫌われていたんだろうか。小中高と同じ学校だというのに。
昼過ぎから勉強を始め、明日のテスト範囲をひと通り復習し終えた辺りで休憩を挟む。周りを見れば、少しずつ利用者が増えてきていた。同じ将英学園の制服を着た学生もいるし、近隣の学校の制服姿もチラホラ混じり始めている。
そういえば『また明日』って言っていたのに先輩の姿はない。やはり一度家に帰ってから来ているのだろうか。それとも、僕をからかっていただけか。
「金曜には答案用紙返ってくるかな」
「どうだろ。あんまり結果見たくないなあ」
「んなこと言って満点だったりして」
「あはは、絶対ないから」
自販機で買った甘いジュースを外のベンチで飲みながら、とりとめのない話をする。
テストの結果を見たくないのは本当だ。土佐辺くんは今回も自信ありそうだから、まず間違いなく上位だろう。僕はテスト前に気持ちを乱してしまった。他のことばかり考えて勉強に手がつかない。いつもより点数が低いと予想がつく。
自習スペースへと戻ると、僕のカバンが置いてある席に誰かが座っていた。先輩だ。頬杖をつき、つまらなそうに置いてあった教科書をめくっていたが、僕が戻ってきたと気付くとパッと笑顔になった。
しかし。
「そこ、コイツの席なんだけど」
「知ってるよ。だから待ってたんだ」
僕と共に戻った土佐辺くんが、何故か敵意剥き出しで先輩に凄んでいる。先輩は穏やかに応対しているが、目が笑ってない。睨み合っていて険悪な雰囲気だ。
「せっ先輩、いま来たんですか」
「そう。なのに瑠衣くんがいなくて寂しかったな。休憩してたの?」
「は、はい。外で」
僕が小さな声で話し掛けると、先輩は機嫌を直したようでニッコリと微笑んだ。代わりに土佐辺くんの機嫌が悪くなる。
「オレたち今からテスト勉強するんで、邪魔しないでもらえません?」
「邪魔なんかしないよ。俺も居ていい?」
周りはガラガラで、反対側の隣も空いている。わざわざ僕に許可を得てきたのは、土佐辺くんが『どっか行け』と言わんばかりの態度だからだ。
自習スペースは誰でも自由に利用できる場所だ。僕たちに拒否する権利はない。でも、このまま先輩がとなりに陣取ったら土佐辺くんの機嫌が悪くなる。
どうしたものかと迷っていたら、近くを通り掛かった眼鏡の男子学生がこちらを見て「あっ」と声を上げた。彼の視線は先輩に向けられている。
「い、井手浦。なんで」
「……瑠衣くん、俺ちょっと用事思い出した。またね」
「え、あ、はい。じゃあ、また」
先輩は眼鏡の男子学生のそばに寄り、親しげに肩を組んで何処かへ行ってしまった。眼鏡の人はうちの制服を着ていた。先輩の友達だろうか。立ち去る先輩たちを見送っていたら、土佐辺くんに手首を掴まれた。そのまま引っ張られて、ひと気のない非常階段まで連れていかれる。
「アイツに近付くなって言ったろ」
「でも、少し話すくらい……」
「ダメだ!」
急に大きな声を出され、ビクッと身体が揺れる。怯えた目で見上げると、土佐辺くんは眉間に皺を寄せ、小さく舌打ちをした。忠告を聞かなかった僕を怒ってるんだ。でも、確たる理由も無しに人を拒絶するなんで出来ない。
「なんで先輩を目の敵にしてるの」
「それは……まだ分かんねーけど」
「何それ」
やっぱり理由なんてなかった。相性悪そうだったから、顔を合わせたくないだけなのかも。そうだとしても、土佐辺くんには僕の交友関係に口出しする権利はない。
「うちの学校の先輩だよ? 心配することないと思うけど」
「……」
将英学園は進学校だ。入学時にそれなりに篩に掛けられるから、素行の悪い生徒は居ない。
納得してなさそうだけど、土佐辺くんはそれ以上先輩について何か言うことはなかった。