第25話 可愛いのは
結局、先輩とは閉館間際まで一緒に過ごした。自習スペースでも隣の席に座っていたが、私語厳禁の館内ではほとんど話は出来ない。おかげで勉強に支障はなかった。
「瑠衣くん、明日も来る?」
帰り際、図書館を出たところで先輩から明日の予定を確認される。正直、昼から閉館まで図書館にいて疲れた。今日に限っては気疲れもあったかもしれない。先輩が変なこと言うからだ。
「あー……明日はちょっと分からないです」
来れるかどうか約束は出来ない。素直に答えれば、先輩は少し前を歩きながら「そっか」と呟いた。
「気が向いたら来て。俺は大体自習スペースにいるからさ」
「は、はい」
「じゃあね、瑠衣くん。また明日」
「はい、また明……えっ?」
つられて「また明日」と言い掛けてしまった僕に、先輩が吹き出した。けらけらと笑われて、恥ずかしさで顔が赤くなる。
「ほんと可愛いよね瑠衣くん」
「そ、そういうこと言うのやめてください」
「耳まで真っ赤だよ」
「~~~っ」
先輩は僕をからかって遊ぶと決めたようだ。
家に着いたのは、辺りがすっかり暗くなった午後六時半。玄関には亜衣のローファーしかない。台所からガチャガチャと音がする。洗面所で手を洗ってから「ただいま」と顔を出せば、流しでコメを研ぐ亜衣の姿があった。母さんから頼まれていたのだろう。
「お米ってどんだけ洗えばいいの!?」
僕の顔を見るなりコレだ。「おかえり」のひと言もない。
「水が濁らなくなったらいいよ。ていうか、これ何合入れた?」
「わかんない! 適当」
「おっ、まじか……」
なるほど、そこからか。亜衣にやらせるといつも水加減がおかしいとは思っていたが、そもそも計量すらしていないとは。
計量カップを使って計り直し、コメの量に合った水を入れて炊飯器にセットし、早炊きモードにしてスイッチを入れる。
「これでよし」
「ありがとー、助かったぁ」
明らかにホッした表情で笑う亜衣。他は割と器用にこなすのに、何故か料理だけは苦手なんだよね。将来のためにも、普段から食事の支度を手伝って慣れておけばいいのに。迅堂くんと結婚したらどうする気だ。
「迅堂くん、今日は来なかったの?」
「晃、月曜はバイトだよ」
「え、ああ、そっか」
そうだ、迅堂くんアルバイトしてるんだった。なんのために半日も図書館で時間を潰してきたんだ。最初から確認しておけば良かった。
「明日もバイト?」
「たぶん休みだと思う」
じゃあ明日も図書館にと思ったけど、先輩がいる。行けば必ずからかわれるし、また変なこと言われたら嫌だ。どうしよう。
「ところで、テスト結果どうだった?」
「まだ全部は返ってきてないけど、今のところ赤点ないよ。数学、瑠衣が教えてくれたとこ出たの! おかげで平均点以上取れた!」
「亜衣が頑張ったからだよ」
「うんっ、ありがと!」
屈託のない笑顔を浮かべ、亜衣が僕の背中に抱きついてきた。
こうして素直に感情を表に出す亜衣は可愛い。表面を取り繕って隠し事ばかりしている僕とは正反対だ。もし僕が亜衣のように素直な性格だったら、もっと自分を好きになれたんだろうか。
『ほんと可愛いよね瑠衣くん』
先輩の言葉を思い出し、溜め息をつく。可愛いと言われて嬉しかったけど、それは僕がからかい甲斐のある後輩だからだ。表では良き兄を演じながら、裏では妹の恋人に横恋慕する醜い心の持ち主だと知れば、先輩だってきっと幻滅する。
本当に可愛いのは亜衣みたいな女の子だ。