第24話 先輩と過ごす午後
テストは昼前には終わり、大半の生徒が帰宅していった。近くのコンビニでパンと飲み物を買い、公園のベンチで食べる。良い天気だ。平日の昼間に制服姿でウロウロしたら通り掛かった人に不審な目で見られそうだけど、今日はテストで半日なのだから堂々としていられる。
これから夕方まで時間を潰さなくてはならない。亜衣と迅堂くんの逢瀬の邪魔をしたくないからだ。よく考えれば、亜衣たちの学校は先週テストが終わっているから午後四時くらいまで授業があるんだよな。一度家に帰るという手もあるが、何度も往復するのは面倒だ。
時間を潰すため、お昼ごはんを食べ終えてから図書館に向かった。利用客は小さな子どもを連れた母親やお年寄りばかり。ちらほらと同じ学校の制服を着た人も見掛けた。僕と同じで、図書館でテスト勉強をしていく人もいるようだ。
一階の図書貸し出しカウンターそばにある自習スペースのひとつを確保して、カバンから教科書とノートを取り出す。閉館まであと五時間。ずっと勉強し続けるのは正直つらい。
せっかく利用カードを作ったのだから、息抜きに何か本を借りて読むのもいいかもしれない。二時間ほど机に向かったあと、気分転換に図書スペース内を散策してみた。やはり蔵書が多い。専門書の類もかなり充実している。背表紙を眺めているだけで楽しい。
「あれ、瑠衣くん」
気になった本を手に取ろうとした時、後ろから声を掛けられた。振り返ると、先週の勉強会の時に何度か会った先輩が笑顔で立っていた。
「こ、こんにちは」
「それ借りるの? 難しくない?」
僕が手を伸ばした先にあるのは『機械製図検定問題集』。確かに、素人が見て理解できるものではない。
「いえ、どんな内容か気になって」
「暇つぶし?」
「そんなようなものです」
パラ見するだけのつもりだったけど、なんとなく本に触れることが躊躇われて手を引っ込める。すると、先輩はニコッと笑って僕の隣にするりと近寄ってきた。
「今日は二階で勉強会やってないの?」
「は、はい。僕だけ自習スペースで」
「えーっ、一人で? 寂しくない?」
「いえ、別に。先輩だっていつも一人で勉強してるじゃないですか」
「ああ、まあね」
そういえば、さっきまで居なかったな。一旦家に帰ってお昼ごはんを食べてから来たのかも。
「じゃあ今日はゆっくりできるね。飲み物おごるから外で話さない?」
「え、でも、悪いですから」
「先輩の言うことは聞きなよ。それに、館内で喋ってると係の人に怒られちゃうからさ」
「はあ……」
なんだろう。優しいのに押しが強くて、逆らうことを許されない感じがする。きっと先輩もテスト勉強の息抜きで話し相手が欲しいのだろう。僕も閉館まで図書館にいる予定だから時間に余裕はある。断る理由はなかった。
カバンを自習スペースの席に置いたまま、出入り口にある自販機で飲み物を買って外に出た。図書館の駐車場脇には木が植えられていて、ベンチもある。木陰になっているからひと休みするのにちょうどいい。先輩と並んで座る。
「甘いの好きなんだね」
「え? あ、はい」
手の中にあるのは、さっき先輩に奢ってもらったペットボトルのオレンジジュース。先輩は缶コーヒーだ。勉強で頭が疲れている時は甘いものがいいと誰かが言っていたから、僕も甘いものが飲みたくなったのだ。
「ふふ、瑠衣くん可愛い」
飲んでいる最中にそんなことを言われ、思わず咽せて咳き込む。
「大丈夫?……ああ、涙目になっちゃって」
「すみません、大丈夫です」
先輩の手が僕の目元に伸びてきた。咄嗟に身体を後ろに引いて離れるが、ベンチの背もたれにぶつかってしまった。指先が触れ、わずかに滲んでいた涙を拭い取る。
「ん。しょっぱい」
「ちょ、なにを!」
「甘そうに見えたんだけどなぁ」
何を血迷ったか、先輩は涙がついた指をぺろりと舐めていた。慌てふためく僕を見て目を細め、いたずらっぽく笑う。掴みどころのない人だ、と改めて思った。




