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なんでも知ってる土佐辺くん。  作者: みやこ嬢
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第20話 ニアミス


 家に帰ると、玄関には亜衣(あい)のローファーと迅堂(じんどう)くんの大きなスニーカーがあった。二人の学校のテストは昨日で終わっているから普通に遊びに来ているようだ。少しだけとはいえ勉強を手伝ったし、テストの結果がどうだったか気になる。答案用紙が返ってきているなら見せてもらおうか。


 そう考えながら洗面所で手を洗い、カバンを持って階段を登る。自分の部屋に入ろうとしたところで、隣の亜衣の部屋から漏れ出る声に気付いて足を止めた。思わず息をひそめ、聞き耳を立てる。


 荒い呼吸と衣擦れの音。

 時折聞こえる、亜衣の切なげな声。


 やばい、これ聞いちゃいけないやつだ!

 いつもなら玄関を開けたり階段を登ってくる音で僕の帰宅に気付くのに、今日はどうやら盛り上がっていて聞こえていないようだ。さすがに最後まではしないと思うけど、キス以上の行為をしているのは確か。


 どうしよう。

 階下に降りて時間を潰そうか。

 音を立てずに階段降りれるかな。


 部屋の前の廊下で冷や汗をかいていたら、ポケットの中のスマホが鳴った。電話だ。いま鳴らなくても、みたいな最悪のタイミング。

 亜衣の部屋からガタッと音が聞こえた。


 廊下に鳴り響く着信音を消すため、すぐスマホを取り出して電話に出る。


『あ、瑠衣(るい)~? もう家に着いた?』

「うん、#いま帰ったとこ__・__#」

『お母さん今から帰るけど、スーパーで買い物してくからゴハンだけ炊いといてくれる~?』

「わかった。やっとく」

『お願いね~!』


 電話の主は母さんだった。

 用件を言うだけ言ってすぐ切れたが、母さんの声は高くて大きい。スマホ越しでもよく響く。故に、亜衣の部屋にも聞こえたようだ。


 スマホ片手に自分の部屋の扉を開けて入ろうとしたら、隣の部屋の扉が開き、中から迅堂くんが出てきた。ズボンからシャツが少しはみ出しているのに「よぉ、おかえり瑠衣」と何事もなかったかのように声を掛けてきた。


「迅堂くん来てたんだ。#気が付かなかったよ__・__#」

「ああ。もう帰るとこ」

「もっとゆっくりしていけばいいのに」

「あー、でも、おばさん帰ってくるだろ」

「買い物してくるって言ってたから、まだ大丈夫じゃないかな」


 こちらをチラチラと窺うような視線を感じながらも、僕は「何も聞いてない」「気付いてない」ふりをした。あんな大きなスニーカーが玄関にあったっていうのに、気付いてないわけがないじゃないか。

 動揺し過ぎて逆に冷静になってる気がする。笑顔も作れているし、受け答えも澱みなく出来ている。


「じゃあな」

「うん、気を付けてね」


 ドタバタと階段を駆け降りていく迅堂くんを見送り、自分の部屋に入ってカバンを放り投げた。部屋着に着替えていると、扉をノックされた。亜衣だ。


「瑠衣、あのさ……」

「いま着替えてるから入ってくるなよ」

「う、うん」


 いつもなら僕が全裸だろうが気にせず入ってくるし、ノックなんてしたことなかったクセに。僕がどこまで気付いたか確認しに来たようだ。


「母さんからお米研いどいてって頼まれてるんだ。代わりにやってくれる?」

「や、やだ、無理」

「亜衣、水加減テキトーだもんな」


 はは、と笑いながら軽口を叩けば、扉の向こうにいる亜衣が安堵したのが伝わってきた。

 僕がまだ亜衣の顔が見られないように、亜衣もまた僕の顔が見られないのだろう。着替えて部屋を出る頃には、亜衣は自分の部屋に引っ込んでいた。


 台所で米を洗いながら深い溜め息をつく。


 以前セックスがどうのこうの言っていたから、そのうちこうなるだろうと予想はしていた。でも、まさか僕が帰ってくるくらいの時間に事に及ぶなんて。あと一本電車を遅らせていたらどうなっていたことか。


 さっき二階の薄暗い廊下で見た興奮冷めやらぬ状態の迅堂くんの姿を思い出す。顔は赤かったし、声は少し上擦っていた。


 発散し損ねた熱がこちらにも伝わってくるような。


「……ああ、もう!」


 あんな大人の男の人みたいな顔、初めて見た。


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